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運命じゃない人 8

高台の休憩所は、雨のせいか誰もいなかった。 街一帯が展望できる場所で、自分の作ったものが次々と郁の中に吸い込まれていく様子を見守る。胸がいっぱいになった秋人は、あまり食べられなかった。 スマホが震え、きょろきょろと辺りを見回す。目的の人物を見つけ、立ち上がって手を上げた。 「先輩!」 走って来たのは、休日仕様のルキだ。嬉しそうな笑顔が、秋人の背後を見た瞬間に強張る。秋人は郁の顔を見る勇気も無くて、そそくさと傘を手に取ろうとした。 もう本人たちには分かっていることだろう。あとは邪魔者が消えるだけだ。 「――秋人」 地の底から響いてくるような、深い怒りを含んだ声で呼ばれる。初めて聞く郁の声に、金縛りのように動けなくなる。 沈黙を破ったのはルキだった。 「先輩、これどういうことですか?僕の気持ちが迷惑でした?だからってこんな、わざわざ彼氏と一緒のとこなんて見せなくてもいいじゃないですか!」 「……はいぃ?」 突然訳の分からないことで後輩に怒られて、秋人は目が点になる。さらに背後から郁に羽交い絞めにされ、どこにも逃げられなくなった。 「秋人はこんなのとおれをくっつけようとしたの?酷くない?」 「こんなのって……こいつは仕事できるし顔も可愛いし性格も悪くないと思うけど」 「あ゛?」 ぶちりと何かが切れる音がして、息苦しいほどにぎゅうぎゅうと締められる。 「ちょっと、先輩が痛がってるじゃないですか!止めて下さいよ!」 「うるさい!君は黙って」 ピシャリと言い放つ郁に、気圧された様子でルキが黙る。秋人も見えない背後に怯えていたけれど、身動き一つ取れない状況では何もできない。 郁は耳元に口を寄せ、息がかかる距離で話し始めた。 「秋人がそういう人間だって知ってたよ。おれもそこを好きになったんだし。でもやっぱりさ、こんなに簡単に捨てようとされるとムカつくよね」 「捨てるんじゃない!運命なんだから仕方ないだろ。……現に二人とも、お互いの匂いに反応しまくってたじゃないか」 視界に入るルキが、嫌そうな顔で「あれ彼氏の匂いだったのかよ……」と呟く。秋人を締め付ける腕が、一瞬ぴくりと揺れる。 「秋人からあの匂いがしてたからだよ。現に今こいつを見ても何ともない。運命の番だってのは分かるけど、おれは秋人を離さないよ。もちろん君はいらない」 「ぼ、僕もいりません!欲しいのは先輩だけです!」 「痛っ!なんでだよ……」 怒りに任せてがぶりと耳を噛まれ、情けない声を出す。「なんでだよはこっちのセリフだよ」とさらに情けない声で囁かれた。 「おれのために料理の腕を磨いてくれて、おれが研究を続けられるように気遣ってくれて……それって全部ずっと一緒にいるために頑張ってくれてるんだと思ってた。だから、いつかおれのことも信じてくれるって期待してた」 「し、信じてるよ」 「嘘つき。秋人が雨の日しか一緒に出掛けてくれない理由も知ってるよ。おれが運命の番に出会ったら、ころっと心変わりすると思ってるんだ。だから今日自分で引き合わせて、別れるつもりだったんだよね。おれのことが好きなくせに、勝手にその方がおれにとって幸せだとか言っちゃうんだよ秋人は」 「……っ」 ぐうの音も出ないほどに言い当てられて、何も言い返せずに脱力する。ふふっと笑う吐息が頬にかかり、ぞわりと体が反応する。 「おれが何の研究してるか知ってる?運命の番システムについてだよ。完全に解明できたら、逆に人の手で運命を作り出すことも可能になるよ。大っぴらには無理だけど、おれはやるつもりだよ。バレないように、おれと秋人の運命をつないであげる」 「!」 ひやりと背筋が凍りそうな思いと、じわりと広がる悦びを感じる。そんな二人の様子に、ルキは完全に引いている。 さっと秋人から離れた郁は、素早く弁当箱を仕舞って帰り支度を整える。秋人はまだ動けずに、呆けた状態で突っ立っていた。 「さ、じゃあ帰ろうか。おれに黙って他の男に触られたお仕置きもしてあげないといけないしね。あ、そこの君、秋人からおれの匂いがするからって襲わないでよね。人の恋人に手を出して、タダで済むと思うなよ」 綺麗な笑顔から何かを感じ取ったらしいルキは、青い顔で後ずさる。それでも、「僕は諦めませんから……」と余計なことを言い、郁の怒りを煽っていた。 手を引かれ、虹のかかる晴れた空の下を歩く。とても眩しくて、思わず瞳を瞬かせる。 「郁、ごめん。俺、ずっと怖かったんだ」 「大丈夫、分かってるから」 「うん」 「秋人が好きだよ。運命じゃないなら、変えてあげる」 「俺も、郁が好きだ」 ただ純粋に、好きだと思う。混じり気のない気持ちは、明るい未来を予感させる。 運命なんか捨てさせて、俺が郁を幸せにしてやるんだと、太陽の下で誓った。

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