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運命のΩ ~Side:ルキ~ 4
高校生になったカナは、しきりにαは敵だと言い始めた。ルキに刷り込むようにあれは恐ろしい存在だと訴え続け、塞ぎ込むようになった。
カナの身に具体的に何が起きたのか、本人は決して口にすることはなかったけれど、中学生になっていたルキはなんとなく察してしまった。一度だけ接触したあのαの様子からも、どういう扱いを受けたのか想像に難くない。
相手が意思を持っていることすら忘れ、自身に同調するのが当たり前だと思っている。そういう環境で育った者が発する自信に満ちていた。
良い制服も良い校舎も高い教育も当たり前、最初から全て持っているのが当然という人種だった。きっと、自身の境遇に疑問を抱いたことなどないだろう。
怒りを覚えたところで、今のルキにできることはない。そこでふと、子供の頃によく聞いていたカナの言葉を思い出した。
「いっぱい勉強して、絶対偉くなるんだ。大きな会社に入って稼ぎまくってやる」
これを、ルキの目標にしようと決めた。
高校を卒業すると、施設を出なければならない。カナは大学に行くつもりでバイトでお金を貯めていたはずなのに、結局介護施設で働くことにしたようだった。
一緒に過ごす最後の日、ルキは思い切って目標をカナに打ち明けた。
複雑そうな顔でじっと見てくるカナが何か言ってくれるのを、ルキは静かにじっと待つ。カーテンもない部屋に、月明かりが優しく降り注ぐ。小さなため息を吐いてから、カナが口を開いた。
「応援したいけど……傷付くことばかりだと思うよ。どんなに頑張っても、最後はαに奪われるだけだ。何もかも、ボクたちの尊厳すらも奪っていくのがαだ」
「それでも頑張ってみるよ」
「そっか」
昔のような希望に満ち溢れたカナが見たくて、ルキは必死に話題を探す。けれど出てきたのは、避けようと思っていたはずのαの話題だった。
「運命の番って本当にいるのかな。運命のαが見つかれば幸せになれるのかな。絶対に惹かれ合って恋に落ちるっていうし、カナも――」
言いながら、カナと色恋沙汰について初めて話すことに気付いて、気恥ずかしさに襲われた。対照的にカナの瞳は暗いままで、表情の一つも変わらない。
「αを……人間を、誰かを、好きになれる日がくるのかな」
ぽつりと呟かれた言葉に衝撃を受ける。
もしかしたら恋愛的な意味でなくても、カナは誰も好きになれないのかもしれないと思った。元々そうなのか、良くないαと関わったせいなのかは分からなかったけれど、そんな闇を抱えていたことに気付かなかった自分にショックを受けた。
「僕は好きだよ。何があってもカナの味方だ」
「ルキはボクの希望だったよ。心の支えっていうのかな」
「それは僕も――」
「いや、ボクのやってたことはただの自己満足だ。ボクより弱いものを探して、守ってやってると思うことでどうにか自分を保ってたんだ」
「それでも好きだよ。兄弟がどういうものかは知らないけど、兄さんみたいだって思ってた」
「そっか」
その瞳には、何も映っていなかった。さらに強い気持ちで、ルキはかつてカナのものであった目標を達成しようと心に誓う。
カナにこんな顔をさせるαのことは許せないが、復讐が何も生まないことは大量の本から得た知識で理解している。それも全てカナのおかげだ。
思えば本当に、ずっとカナに守られてきた。大きな犬に襲われたカナは、転んで膝から血を流しながらもあの道は危ないから通るなとルキに教えてくれた。Ω狩りが流行ると、ボロボロになりながら避けるべき場所を教えてくれた。
ルキを自分と同じ辛い目に遭わせないように、必死に守ってくれていた。ルキが誰も嫌いにならず前向きに生きられるのも、カナがいてくれたからだ。勝手に引き継ぐように目標を達成したところで返せる恩ではないけれど、何かしたい気ばかり焦る。
「どうして、αに奪われないといけないのかな」
見えない何かと戦うように、宙を見つめながら呟く。カナの肩がぴくりと強張り、瞳の奥が揺れる。そうして、ただただ悔しそうな表情で言った。
「Ωが劣ってるからだよ。大っぴらには言ったらダメなことになってるだけで、皆そう思ってるし、実際そうだと思うよ。αは優秀、βは平凡、Ωは劣等生。社会全体をみても分かる。会社のトップはほとんどαだし、βはその奴隷、Ωは入れもしないよ」
「問題が優劣だけなら、αより優秀な成績だったらいいんじゃないの?」
「どうかな」
これ以上は話したくないとばかりに、カナは顔を歪める。最後の会話をどうにか盛り上げたくて、ルキは話題を変えた。
「社会人になっても、遊びに来てくれる?向こうでは一人暮らし?寮に入るの?」
勢い込んだ子供のような質問責めに、カナがふっと小さく笑ってくれる。ルキの気持ちを汲み取った、少し無理をしている笑顔だったけど、それでもほっと安心した。
「落ち着いたら顔を見せに来るよ。ルキの制服姿も見たいしね」
けれどもカナは、いつまで経っても、さっぱり顔を見せてくれなかった。
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