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運命のΩ ~Side:ルキ~ 3

一人ぽつんと図書館で過ごす昼休みにも慣れたころ、机に算数の教科書の忘れ物を見つけた。見たことのない装丁に興味を惹かれ、思わず手に取る。6年生のカナの持っているものよりずっと難しい内容で、夢中になって解こうと試みた。 勉強は好きだった。特に算数は気に入っている。誰にでも答えは等しく与えられるのだから。なぜ?どうして。答えの出ない問いに悩んでいたルキには、難解な計算式ですら救いのように見えていた。 なぜ養護施設にはΩしかいないのか。すなわちなぜΩばかりが親に捨てられるのか。なぜΩはΩというだけで下に見られないといけないのか。全ての問いはΩだからという答えしか得られず、それはどうして?と常に満たされない思いがあった。 ふと気付くと、目の前に人が座っていた。自分ともクラスの誰とも違う、自信からくるのであろう輝くオーラを放っている。本の中にだけ存在していたαが、初めて目の前に現れたのだと、すぐに分かった。 「そんなに面白いこと書いてる?」 ただ不思議そうに問う声に、蔑みの色は見られない。 「あ、ごめんなさい。あなたの忘れ物ですか?」 「君Ωだよね。名前は?」 ルキの問いなど無視して、少年は無遠慮に訊いてくる。自分たちとは違うデザインの高級そうな制服を着ているが、名札には6年1組とあるから自分と同じ小学生なのだろう。 「如月ルキです。男です」 勝手に女だと勘違いして勝手に失望されるのは面倒なので、先手を打って自己紹介をする。少年は興味があるのかないのか、自らは名乗ることもなくただ「ふーん」と言った。 「その問題、解けるの?」 まさに今解こうとしていた問題を指さして、少年が問うてくる。ルキは分かるところまでを懸命に説明した。 「――っていう、ここまでは分かるんですけど、この次にどうしたらいいか分からなくて困ってたんです」 教えてもらえるのかと期待して顔を上げると、少年はつまらなそうな顔で窓の外を見ていた。ルキが話し終えたことには気付いたようで、のんびりとこちらに目を向ける。 「Ωなのになんで勉強してるの?ペットみたいなものだって習ったんだけど」 「え!?」 「違うの?将来はαがどうにかしてくれるんでしょ?受験勉強だってしなくていいし、羨ましいと思ってた」 あまりのことに絶句してしまったけれど、すぐになぜ?と疑問が湧いた。 「Ωだからって、どうしてαにどうにかしてもらわないといけないんですか?受験だって普通にできるはずです」 詳しくは知らないけれど、カナの人生計画を聞く限りではそのはずだった。確かに施設を出て行ったΩのほとんどは高校にも行かず、夜の仕事に就きつつαを探しているらしいが、まさかΩだから受験すらできないなんて考えたこともなかった。 「し、知らないよ。先生に訊いてよ。受験してもどうせ受からないから無駄だって言ってたし、そういう可哀想な子だから優しくしてあげなさいって教えられただけだし。なんだよ、取り上げたら悪いかと思って貸してやってたのに変なΩだな。早く教科書返せよ」 まさか言い返されるとは思っていなかったのか、少年は突然怒り出し、教科書を奪って去っていった。Ωが意思を持っていたことに驚いた様子だったが、そんなことはもはやどうでも良かった。 やっぱり答えは得られなかったなと、ルキの感想はそれだけだった。 件のαとの接触は誰かに見られていたらしく、後日ちょっとした問題になった。 クラスメイトと噂話を共有することのないルキは知らなかったが、図書館の裏の林の向こうに、α以外は立ち入り禁止の校舎があるらしい。中には立派な図書室もあるが、最近空調の調子が悪いという。 それでαの生徒が勝手にこちらに流れてきていたのだが、なぜか担任には謝りに行った旨を恩着せがましく伝えられた。あの少年は一応ルキのことを悪くは言わなかったようで、担任は満足するまでヤツ当たりをするとすぐに上機嫌になった。 「もう、αの6年生に勉強を教えてもらってたなら、言ってくれたら良かったのに。それなら3年生のテストくらいできて当たり前よね。でもね、αとだけ仲良くするんじゃダメよ。ルキ君は協調性の無さが課題ね」 何がそうさせるのか、カンニングを認めない嘘吐きなところが問題だと言っていた教師は、次は協調性の無さをひたすらに言い出した。この人にとって、どうやら自分には欠落している部分が無ければダメらしいと子供ながらに悟った。 それもきっと“Ωだから”だ。

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