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運命のα ~Side:郁~ 2

郁は子供らしい子供を演じ、医師と母から少しずつ情報を引き出すことにした。どうせ郁のことなど見ていない人たちだ、いつもと違ったところで気付くはずも無い。 「ママ、今日学校で運命の番について習ったよ。パパとママも運命の番だったの?」 「うーん、運命だったけど、習った内容とはちょっと違うかもしれないわね。パパもママもβだから。でも本当に素敵な運命だったのよ」 「そうだった!運命の番はαとΩだった。βのパパとβのママだから、βのぼくが生まれたんだもんね」 「当たり前でしょ!!そうよ、郁はパパとママと同じβよ……」 「先生、今日ね、薬をちゃんと飲んでたのに小さいときと同じ感じに気持ち悪くなっちゃったんだ。ぼくの体、どうなっちゃうの?」 「え!?どういう状況だったか、詳しく教えてくれる?」 「うーんと、あ!たまたまΩのクラスメイトが近くにいたよ」 「そう!そうか……じゃあ薬を増やす必要があるかもしれないね。最初の内はまた気持ち悪くなるかもしれないけど、すぐに慣れてなんともなくなるから大丈夫だよ。毎食後の薬を今の倍の量飲んで。また次回、詳しいことを聞かせてもらうよ」 演技は性に合わなかったが、少しずつ見えてくる内容は恐怖でしかなかったので、感情を表情に出さない練習ができたのは良かったのかもしれない。 薬は飲んだフリをした後に、机の奥に貯め込んでいった。 そうこうしているうちに正真正銘βの弟が生まれ、郁は全寮制の中学に送られた。 母の愛情は全て弟に向けられるようになり、連絡も一切なかった。 逆に医師は頻繁に連絡を寄越し、薬を送ってきては体調の変化を尋ねてきた。もちろん飲んでなどいないので、返事は適当だ。しきりに校内にΩがいないことを嘆いていたが、知ったことではない。 中学では、手のひらを返したように周囲が媚びてきた。誰かが郁の家のことを触れ回ったからだ。 郁の父親はとある企業の社長だ。母方の祖父が起ち上げた会社で、αの力に頼らず、βの力だけで大きくしたのだと高いプライドを持っていた。 時代遅れな価値観だが、いまだに祖父が目を光らせているので、婿養子である父は逆らえない。新入社員もこっそり調査機関を使用してβであることを確認し、世間へのアピールも続けていた。 近付いてくるクラスメイトは、口には出さないものの、勝手に郁を将来の社長だと思っているのが見え見えだった。自分が会社を継ぐことはないと告げたら、こいつらはどういう反応をするだろうと考えると、心の底から冷えていく。 次第に他人を遠ざけるようになった郁は、αについて学ぶうちに、バース性の成り立ちに興味を持ち始めた。自身の出生が気になったというよりも、単に白黒ハッキリさせたかったというのが大きい。果たしてβの両親からαが生まれる可能性はあるのか。 学校の勉強はあまりにも簡単すぎたので、出ている文献と論文を全て読み漁ることで、知識欲を満たす目的もあった。 エスカレーターで高校に進んでも、毎日はとても退屈だった。倫理的な問題が絡むせいかバース性関係の研究は進んでおらず、どんなテーマも希望的観測以上の結論は得られなかった。 そんな中、明らかに改竄されたデータを使用した、興味深い研究結果を見つけた。 約20年前に出され、郁の担当医師が名を連ねている、αホルモンへのアプローチに関するものだ。 当然ながらαの本能をコントロールしようなどという研究が、潰されないわけがない。表向きは人間の尊厳を守るために、本音はαの優位性を脅かす研究は許せないという感情で、容赦なく圧力がかけられたようだった。 心にまだ迷いは残っていたけれど、郁は久々に実家に連絡し、週末に帰ると伝えた。

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