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運命のα ~Side:郁~ 4

それは偶然だった。 ざわめく喧騒が嘘のように消え去り、何かと共鳴する初めての感覚を味わった。視界が揺れて、空気に淡く色がついたような錯覚を起こす。周囲の人々は吸い寄せられるようにとある一点に視線を奪われていて、郁も同じ方向に視線を移す。 そこには、誰が見ても分かるほどにオーラを放つ、運命の番が立っていた。 バース性を研究しているとはいっても、郁の専門分野は性別の分岐点となるホルモン関係の分析だ。 時が経つと傷も癒えてくるもので、βの親からαが生まれる可能性への興味は半減していた。αが気に食わない研究結果が出そうになると変な横やりが入るのも大きな要因だ。 その日も嫌な気分を払拭するように、線路沿いに見知らぬ街を歩きまくっていた。そんな感じの毎日だったので、文献の中でしか知らなかった光景を実際に見ることができ、少しだけ心が晴れた。 ふと母がよく「運命」と言っていたことを思い出し、記憶を振り払うように頭を振る。そのときたまたま目に入ったβの男から、郁は視線をそらせなくなった。 αの腕に触れていた手を力なく落とし、縋るような瞳で見つめる。けれどαの男が気付く様子は微塵もなく、完全にΩと二人だけの世界を創り上げている。 βの男はそっと一歩下がり、二歩下がり、ふわりと儚げな笑顔を残し、気が付けば人混みに紛れて消えていた。 郁は急いで研究室に戻り、データベースから運命の番に関する論文を全て呼び出した。夢中になって読み漁り、猛烈な勢いで興味を惹かれていった。 そうして、ぜひともあの男の話を聞いてみたいと思った。運命の番が周囲に与える影響について、あのβの男に確認しなければ。 まず当事者のαとΩに意識が向かない自分に疑問を持つことも無く、郁の執着心は一気にただ一人へと向かっていった。

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