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運命のα ~Side:郁~ 6

「飲む?」 飲みかけのペットボトルを差し出すと、目をそらさずにこくりと頷く。男は残りを全部飲み干して、呂律の回っていない口調で言った。 「ふらふらする……ふわふわする……ごめんな、せっかく声かけてくれたのに。萎えるよな」 男は、郁が完全にセックス目的で声をかけたと思っているらしい。訂正するのも面倒なので、そのまま話を進めることにした。 「全然、気にしないで。それより名前教えてよ」 「……秋人」 偽名を名乗ることも多いはずの場面だが、直感で本名だと思った。きっと、そう呼ばれたいのだろうと思った。 「秋人ね。おれは郁」 小さく口を動かし、確かめるように「いく」と発声する秋人に、なぜか胸の奥がざわつく。 「郁、今から……する?」 「それより、秋人と話がしたいな」 「話?」 秋人は、焦点の定まらない視線を、懸命に郁に合わせようとしている。まだまだ酔いは残っているようで、もしかしたら翌朝には今日のことなど忘れているかもしれない。 寂しいような好都合なような、妙な感情を横に押しやって、郁は直球で突っ込んでみることにした。 「どうしてαの彼氏を簡単に捨てたの?」 「え。俺、郁にそんなことまで話した?」 にこりと笑ってごまかすと、秋人は回らない頭を無理に働かせようとしたせいか、不自然にゆらゆらと揺れ始める。ベッドに座るよう促すと、堂々と真ん中に寝転がった。仕方なく床に座って返事を待っていると、すこんと秋人の表情が抜け落ちる。 「え?秋人?」 「ん?ああ、郁……だっけ。ここホテル?」 「いや、おれの部屋」 「ふーん……何もない。ヤリ部屋?」 「違うよ。ちなみに他人を入れたのは秋人が初めて」 何らかの反応が見たくて後半を付け足したのに、秋人はまるで聞こえていなかったかのようにスルーする。 「貧乏なのか、じゃあβだ。αの学生には資金援助があるもんな。皆家も金持ちなのに不公平だよな」 へらりと作られた笑顔に、少しだけイライラする。目をそらしたいことから逃げているのがあからさますぎて、強引に軌道修正を図る。 「どうしてαの彼氏を捨てたの?」 秋人は今度こそ観念したように目を伏せ、小さな吐息を漏らす。 「……捨てたんじゃない、俺は捨てられることを望んだんだ」 「本当に?」 とてもそうは見えなかったから、運命の番システムが秋人にどんな影響を与えたのかが気になったのだ。離れたくない思いを全身から発しながらも行動は真逆で、その理屈を学術的に求めていた。 けれど続く秋人の言葉は、郁には予想し得ないものだった。 「運命の人に出会うなんて、ものすごい確率だろ?空想じゃない、αとΩの運命の番が出会ったんだよ。そんなの、二人は絶対幸せになるに決まってる。俺が邪魔していいものじゃない」 「……よく分からない。秋人は元彼のことが好きじゃなかったの?」 「好きだったよ!好きだから、幸せになって欲しいと思うんだろ?」 「???……本音は?」 「は?本音って……俺は子供が産めないから、Ωを選んだ方があいつにとっていいことだとか言わせたいのか?」 辛そうに顔を歪ませる秋人に、嘘は吐いていないのだと思わざるを得ない。それでも、郁が納得するための何かが足りなかった。もう無理やりにでも作り出して欲しかった。そうでなければ郁自身が壊れてしまうかもしれないと思ったから。 「もっと我儘な理由を言ってよ。そんな、自分が悲しい思いをしてでも相手に幸せになって欲しいなんて、おれには理解できない。したくない」 「そんなこと言われても……なんでそんな頑ななんだよ」 「だって、皆自分のことばっかりじゃないか。自分さえ良ければそれでいいくせに!」 子供のような口調を恥じる暇もなく、幼少期からの様々な記憶が脳裏を過ぎる。困り顔の秋人は、突然郁の頭をわしゃわしゃと撫でまわした。そんなことをされたのは、生まれて初めてだった。 「なっ!?」 「泣くなよ」 「泣かないよ」 「泣いてもいいよ」 「泣かない」 泣き方なんて、知らない。 「……ふーん?じゃあ、おやすみ」 パチンとスイッチが切り替わるように、秋人は一瞬で寝入った。すうすうと規則的な寝息が聞こえ、呆気に取られる。行き場のなくなった熱は、気が抜けてどうでもよいもののように思えてくる。 触り心地の良さそうな頬に触れ、つまむと眉間にシワを寄せる秋人を楽しむ。そうして、ああ、これが欲しいと、強く願った。郁に欠けた何かを持っているこの男を、逃してはいけないと全身が震えた。

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