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運命かもしれない人 2

家に帰り着くと、早速郁からメッセージが届いた。そこで初めてあの男が“相羽郁”という名前だったと知る。 『来週土曜日 駅前 十時』 「暗号かよ……」 一人虚しく突っ込みを入れると、すぐに『待ってる』と意外にも可愛らしいメッセージが追加される。それだけで、秋人は簡単に気が緩む。 『了解』と返信すると、既読後数時間経ってから、なぜか『!』と返ってきた。よく分からないので『?』と返しておいた。 気が引ける行為ではあったが、秋人は郁について少し調べてみることにした。同じ学会に参加していたという話だし、ライバル会社の人間だとまずいことにもなり得るからだ。 けれど、すぐにその懸念は杞憂だと分かった。 以前会社が共催した学会の抄録集に、相羽郁という名前を見つけたからだ。研究室のホームページも見つけた。まともに更新されていないから、現状は変わっていることもあるかもしれないけれど、身元が分かると安心できる。同時にいろいろ納得もした。 営業の仕事をしていると、業界内のさまざまな愚痴を聞かされる機会も多くある。年若い秋人は話しやすいのか、βの研究者から就職や転職の相談を受けることもある。その理由のほとんどが、給料で生活が成り立たないからというものだった。 所属機関によっても違うが、研究室のトップにαを据えるとスポンサーがつきやすく、資金援助も多くあるらしい。けれどβの研究員がその恩恵を受けることはほぼないという。基本的に、αの助手としてバイト以下の給料なのだと嘆いていた。 きっと郁もそういう状況なのだろう。いくつも聞いた酷い話を思い出し、服だけでなく、何か美味いものでも食べさせてあげた方が良いかなあと考え始める。 容易く警戒は解け、少しだけ楽しみになってきている。どうせ一度だけのことだろうし、親戚のおじさん気分で気楽に行こうと思った。

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