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第5話
「おはよーっす」
翌朝いつも通り始業開始ギリギリに出社した俺は、昨夜遅くまで啼かされ寝不足であることを必死で隠しながら自分の席へと着いた。
俺たちの関係がバレないように時間差の出社時間を提案したのは俺からだった。
同棲するようになってから知ったのだが、仕事ができる天嶺の出社時間は朝が苦手である俺よりも一時間早く、時間差通勤なんて初めから必要なかったのである。
「昨日は悪かったな」
タイムカード替わりとなる自身のパソコンを立ち上げていると、早速巽が軽く手を合わせ謝罪のポーズをしながら近付いて来た。
「ったく部屋までお前を運ぶの大変だったんだからな」
俺よりだいぶ大柄である巽を運ぶ作業は中々骨の折れる作業だった。
毎晩どんなに帰宅が遅くなっても筋トレを欠かさない天嶺に便乗して、俺も腹筋がシックスパックに割れるまで今夜からトレーニングを開始しようと密かに決意していた。
「それより聞いたか?」
珍しく巽がこっそりと俺へ耳打ちをする。
「何がだよ」
どうせ大したことではないだろう。そう思った俺は、声を潜めることもせずに普通の口調で返す。
「壬生のことだよ」
「え、壬生……?」
「ほら見てみろ、女子社員が皆お通夜みたいに暗いだろ?」
眠気を堪えるのに必死で周囲の様子を見落としていた俺は、いつもより暗すぎる女子社員たちを目の前にし思わず唖然となる。
「――壬生がウチの部の女子社員と一体どう関係あるんだ?」
つい数時間前まで身体を重ねていた相手は、俺に「合コンへ行くな」「巽とも呑みに行くな」と告げていたがそれ以上のことは何も口にしていなかった。その上、現在天嶺は人事部の人間だ。直接関係ない営業部の女子社員たちが暗くなる理由が思いつかない俺は首を捻る。
「あのな、お前も聞いてがっかりするなよな」
思わせぶりの巽の前置きに、一瞬だけ不安となる。
「――実は、」
「実は?」
オウム返しに俺は巽の言葉を復唱した。
すると先程まで神妙な面持ちだった女子社員たちが悲鳴のような黄色い声を上げた。
ふと視線を向けると営業部の入り口にワイシャツの袖を肘まで託しあげた噂の天嶺が立っていた。9月とはいえ、季節関係なくきっちりとスーツを着込んでいる天嶺にとって異例の姿だった。
「癸生川君、ちょっと」
よそよそしく俺の名を呼び手招きする天嶺の前腕には、くっきりと昨夜の情事を物語る生々しい俺の爪痕が遺されていた。
居心地の悪さを感じた俺は、咄嗟に天嶺から視線を外す。
「壬生の腕、あれはどうしたんだ?猫に引っ掻かれたのか?」
目を丸くしながら俺の遺した爪痕を食い入るように見つめる巽に、俺は俯く以外何もリアクションできなかった。
「癸生川君?」
もう一度白々しく俺の名前を呼ぶ天嶺に、俺は俯きながら小さく「はい」と返事した。
「やっぱり嫌だよな、癸生川も。元は隣同士のデスクで同期だっていうのに、今や壬生のこと“部長”って呼ばなきゃらないんだもんな」
俯く理由を誤解した巽はこっそりと俺にそう耳打ちして自分のデスクへと戻った。
「壬生人事部長、何でしょうか」
「緊急で君と面談したい。外へ行く前に会議室へ一緒に来てくれ」
公私混同しないパーフェクトな男、天嶺がわざわざ営業部のフロアまで出向いたという事実だけで俺は酷く胸騒ぎがした。
周囲も変に俺を気遣うのが分かる。
これはいよいよ営業として戦力外通告をされるのだろうか。否、さすがにこんな俺でも最近は営業成績最下位から脱出しているし可愛い部下もできた。部署異動になるはずはない。
「……承知致しました」
何故呼び出されるのか身に覚えの無い俺は、最悪の展開を想像しながら天嶺の後を着いて行ったのだった。
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