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第8話
「あぁ、そう言えば女子社員がお通夜とかどうとか言ってたな。一体、何があったんだ?」
俺好みに甘い味付けにされている卵焼きを口にほうばると、立っていた巽は座っていた俺の耳元まで屈んで内緒話を囁くように耳打ちした。
「壬生のヤツ、婚約決まったらしいよ。専務のトコのお嬢さんだって!こりゃ将来の代表取締役路線確定だな。やっぱり壬生は同期のエースだな」
嬉しそうに同期の出世を話す巽の声が途中から俺の耳には届かなくなってしまう。
同時に口に入れたばかりの甘い卵焼きは全ての味を失い、ただ空腹を埋めるものとして食道へと無機質に送り込まれていった。
……天嶺が婚約?
しかも専務のお嬢さんと?!
まだ僅かしか口を付けていない弁当に俺はそっと蓋をした。
「え、癸生川どうしたんだ?まさかお前、営業成績万年最下位のクセに出世コースでも目指してたのか?」
青褪めた俺をそう解釈した巽は、固まった表情の俺の目の前に手を差し出しヒラヒラさせた。
「……」
頭の中が真っ白となった無言の俺を肯定と捉えた巽は、俺の肩を軽く抱くと「今夜は2人で呑みに行こうぜ」そう言って俺の席から立ち去ったのであった。
聞いてない。
俺、そんな話全然聞いてない。
だってこれ見よがしに俺の爪痕だって、天嶺の腕にまだくっきりと付いているというのに……。
合コンのことを詰られたばかりなのに、自身は俺の知らないところで専務のお嬢さんとデートでもしていたというのか。
午前様の帰宅も、もしかしてお嬢さんと……。
否、アイツは管理職だから俺より何十倍、何百倍と忙しいはずだ。そんな暇はないだろう。
よく考えてみろよ。秘書課の彼女と別れた後だって思えば、天嶺は色々な女と噂になっていたような。
結局はどれも全て噂の域で、天嶺が実際に溺愛するのは俺だけで……。
今回もどうせガセだろ。そう思った俺は、一瞬脳裏にバッドエンドがちらついたがそのイメージを払拭するように天嶺へとLINEを送った。
“朝の続きシたい”
だが珍しくいつまで経ってもそのLINEが既読されることはなく、巽が話していた噂に俺はいつまでも囚われたままであった。
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