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第9話
その夜いつもより早く残業を切り上げた俺は、いつまでも既読にならないLINEを気にしながら家路へ急ぐ為に勢いよく椅子から立ち上がった。
「癸生川、今夜も俺に付き合ってくれるんだよな?」
すかさず巽が俺の腕を掴む。
「いや、今日はちょっと……」
「今夜は酔い潰れたりしないからさ!いい店知ってるんだよ、俺」
「巽……俺、酒は呑まないことにしているし本当に今夜はちょっと……」
天嶺に逢いたい一心ですぐにでも帰りたい俺は、巽へやんわりと抵抗するも強引に俺の腕を掴んだまま東京駅方面から銀座方面へと連れて行かれたのだった。
170cmしかない俺と180cmあるがっしり体型の巽とでは体格差では叶わない。銀座駅付近でようやく観念した俺は、「一時間だけ」という条件で付き合うことにしたのだった。
――どうせ早く帰っても、いつも天嶺は仕事が忙しくて午前様だもんな。
急いで帰る必要、ないか……。
開き直った俺は、銀座の街へと視線を向けた。木曜の夜だというのに銀座の夜は華やかな人たちで溢れていた。
メイン通りから新橋方面へ抜けようと巽の後に着いていた俺は、ふと行き交う人々の中から見覚えのある背の高い美貌の男を発見した。
……あれ?天嶺に似たような顔の、
高級イタリアンレストランの前に立っていたオーダースーツ姿の男は、紛れもなく俺がよく知る秘密の恋人壬生天嶺だった。
どうしてここへ?
後ろを振り向かず先へ進む巽に俺は声を掛けずその場へ立ち止まり、天嶺を遠位から観察した。
笑顔で天嶺は誰かと話をしている。
雑踏の中にいる俺に気が付かない天嶺は、紳士的な笑みを浮かべたまま会話を続けていた。
そうだよな。
俺は天嶺を見付けられても、平凡すぎる俺を天嶺は人混みの中から見付けられる訳……ないよなぁ。
天嶺が向ける視線の先を俺はその場から辿った。
髪の先まで丁寧に手入れされている清楚な服装の可愛いらしい小柄な女性を認める。
可愛いじゃん、あの子。
あぁ、これがもしかして噂の専務の――。
悟った瞬間、俺は妙に頭が冷静になった。
普通こういう場合、カッと頭に血が昇る人の方が多いはずだが「やっぱりな」自分にバッドエンドの呪縛が解けていなかったことを察知したのだった。
遠くから見た2人はとてもお似合いで……。
お似合いすぎて、胸がズキリと痛むのを無視し俺はそっと巽の後を追っ掛けたのだった。
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