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第10話
様々な海外のお酒が楽しめると謳われた銀座コリドー街近くにある地下のバーは、薄暗いシャンデリアの下何処も彼処も男女のカップルばかりが座っていた。数名しか座れないカウンター席で男2人肩を並べていた俺たちは、場違いである空気を察知しながらも長居をしていた。
1時間だけ。会社を出た際そう決めていたはずだったが、天嶺とお嬢さんを見掛けた今の俺にはそんな決意はすっかり消えてしまっていた。
同時に5年前、天嶺との馴れ初めとなった深酒をきっかけに禁酒を決めていた俺は久々に勢いで酒を頼んでしまった。
一杯じゃ酔わないだろう。
5年前の呑んでいた時の感覚のまま俺はアルコール度数低めの甘いカクテルを煽ると、全身が一気に火照り出す。
なんか気持ちいい……。
たった一杯で程よく酔いが回った俺は、調子に乗ってアルコール度数の高い鋭い切れ味のウオッカベースの透明カクテルを飲み干す。
「癸生川、お前普段酒呑まないんだから一気に呑むなよな。今夜はお前が帰れなくなるぞ」
今夜はペースを守り少しずつ呑んでいる巽が心配そうな表情を浮かべ、隣に座る俺を見つめていた。
「……帰りたくない」
ポツリと独り言のように俺は呟いた。
「何言ってんだよ。帰らねぇと明日の弁当、お前の母ちゃん作ってくれないぞ」
ほんのり頬が赤くなっている巽が諭すように話した。
確かにな……。
どんなに俺や自分が遅くに帰宅したとしても、次の日の朝必ず手の込んだ弁当を作ってくれる天嶺。
本当にできた男だよ。
俺には勿体ない程の……。
心の中でそう思った俺は、昼間ほぼ手付かずでしまった弁当のことを思い出す。
初めて残した弁当。
お似合いの女性。
俺に気付かず微笑む天嶺。
全ての要素が俺の心を自然と抉り、乾いた笑みと共に弱音も吐いてしまう。
「帰れないんだ」
カウンターテーブルに顔を伏せた俺は、酔っ払ったせいにしてそう呟いた。
「何だぁ?母ちゃんとケンカでもしたのかよ」
相変わらず実家暮らしだと信じて疑われない俺は、「その方がまだ良かった」と心の中で独り言ちる。
「なぁ、巽……今夜泊めてくれよ」
顔を伏せていた俺は、そのままの姿勢で顔だけを巽の方へと向けた。
「なぁに男の俺に甘えてるんだよっ!まぁ、ほら……俺一人暮らしだし彼女いねぇから泊まるのは全然問題ないけど」
慌てる巽に俺はクスリと笑みを浮かべた。
「ありがと、巽。お前やっぱり優しいな」
新卒で今の会社に入職してから8年。31歳となった俺は、ずっと部署が同じである巽との方がもしかすると天嶺より時間を共にしているのではないかと頭に過ぎる。
巽もノンケだ。
もし天嶺と出逢ってなかったら、今頃俺は巽のことを好きになってたのだろうか。
天嶺みたいにパーフェクトではないけれど、明るく陽気な巽と一緒にいるとこっちまで気持ちが晴れやかになる。
昼の手作り弁当はないかもしれないが、時間が合えば一緒にランチにも行ける。
アフターだってこうして2人で堂々と呑みにも行ける。
美形すぎない方が毎日ドキドキしなくて済むし、無駄な嫉妬もしなくて済む。
俺の視界に映る巽の逞しい大きな手を、気付けば俺はそっと上から自身の掌で包んでいたのであった――。
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