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第12話

翌朝。大きな覚悟を決めた俺は、あれから一睡もできず大きなクマを目の下に作りながら二日酔いの身体で、巽と共に息苦しい程の超満員電車で出勤したのだった。 高級取りである管理職の天嶺とは違い、俺と同じ平社員である巽の給料ではオフィスのある東京駅周辺に住処を借りることは難しく横浜へ繋がる沿線上にその居を構えていた。 いつもより1時間以上も早く家を出なければならない不便な環境に、朝が弱い俺は天嶺のお陰で今まで徒歩圏内の通勤ができていたことを密かに感謝していた。 「……俺って大事にされていたんだな」 満員電車から押し出される形で俺たちは電車から降りる。同棲を始めてからすっかり忘れていた朝の満員電車の壮絶さが身に染みた俺は思わず呟く。 「はぁ?母ちゃんの話しか?お前さ、30過ぎてまでマザコンかよ?弁当といい依存し過ぎだろ?」 誰から大事にされているのか知らない巽は、呆れた表情で俺を見る。 「ある意味、そうかもな。一線引いてたつもりだったけど、知らない間に依存してたのかもな……」 力無く笑う俺に、巽は「だったら合コン行こうぜ」と元気よく声を掛けた。 昨晩、巽とは何もなかった。 正確にいうと、連日の呑み会は30を過ぎたアラサーの身体には少々堪えるようで帰宅後すぐに巽は眠りについてしまったのだった。 天嶺との関係はどうあれ巽との距離感はやはり今のままでいい。そう思った。 昨日と同じ少しだけ皺が増えたワイシャツに袖を通していた俺は、それでも天嶺のことは自分で決めたとはいえ関係を持ってから初の無断外泊に酷く後ろめたさを感じていた。 あれからスマートフォンの電源は一度も入れていない。 電源を入れて既読になっていなかったら…… それとも別れ話を切り出されていたら…… そう考えるだけで胸が張り裂けそうで、今を普通の顔して乗り越えられる自信がなかった。 部署内では相変わらず天嶺の婚約話で持ちきりで、聞きたくない情報まで耳に入ってくる。 昨晩、天嶺は俺の不在に気付いただろうか。 それとも、あの可愛いらしいお嬢さんとあのまま一晩を過ごしたのだろうか。 もしかすると天嶺のことだ、きっとどんなに遅くまでデートしていたとしても何食わぬ顔で俺の隣で眠り、次の日の朝には俺の弁当を作って先に出勤していたかもしれない。 俺には内緒で。 自分が望んだとはいえ、俺たちの関係自体が秘密の関係なんだから。 憤る悔しさで胸が苦しい俺は、給湯室で洗った昨日の弁当箱と電源が入っていないスマートフォンをそっとデスクの一番下にある引き出しへとしまった。 「そうか、自分から断ち切ればいいのか」 今日は一日外勤だ。 天嶺とも顔を合わせなくて済む。 夜はアポイントメント先からそのまま携帯ショップで電話番号を変更してこよう。 連絡が天嶺から来ないって物理的に分かっていればこんなにも胸は痛まないはずだ。 むしろアイツも安心してお嬢さんのところにいける。 その後は、ネカフェに泊まって明日の朝一で住む場所を決めてくるか……。 こういうことは天嶺の顔を見る前に実行した方が良い。 情に振り回されると俺から天嶺を解放したくなくなってしまうからな……。 明日が土曜日で本当に良かった。 色々とこの先のことを考え巡らせていた俺は、部署内にあるホワイトボードに自身の名前がプリントされたマグネットを外勤の方へと移動させ足速にオフィスを後にしたのであった。

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