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第13話

「え……スマートフォン忘れたから番号を変更できないって?!」 閉店間際の携帯ショップへと駆け込んだ俺は、プライベート用のスマートフォンをデスクの引き出しにしまったままだったことをこの時ようやく思い出した。 「クソっ、ついてない」 舌打ちしながら店内を出た俺は、取り敢えず一度会社へ戻ることにした。 時刻は夜の8時過ぎ。 大抵の社員たちは既に帰宅している時間だ。 だが天嶺はきっとまだ残って仕事しているか、接待に出ているだろう。 あまり顔を合わせたくないなぁ……。 でも今日持ち帰らないと、スマートフォンの番号変えるのはもっと先になってしまうしな。 大きなオフィスではあるが、人がまばらとなったこの時間。出逢う確率は日中より確実に高く、出逢ってしまったら知らなかったふりはできないだろう。 溜息を軽く付きながら営業部があるフロアへと辿り着くと、まだ煌々と明かりがついていた。 誰が残っているんだろうか。 恐る恐る部署内を覗き込むと入口から遥か遠くに配置されている俺のデスク付近に人影が見える。フロアをもう一度見渡すが、そこ以外誰もいないようだった。 俺は足音を立てないようにグレーの絨毯の上をそっと歩き、俺のデスク付近にいる者の様子を窺った。 ……天嶺、だ。 途中で俺のデスクに座っていた者の正体に気が付いた俺は、激しく動揺し心拍数が上がる。 どうして天嶺が俺の席へ? こんなとこに座っているのが他の人たちに見つかったらどうするんだよ。 静まり返るオフィス。俺の心臓は切り取られそこに置かれたかの如く、ドクドクと大きな音を立てていた。 こんなに大きな音を立てていたら天嶺にも気付かれてしまう――。 慌てて後退りした俺は足が縺れてその場にひっくり返りそうになる。 「うわぁ!」 思わず出てしまった声に、天嶺がハッと顔を上げる。 「紅羽、大丈夫か?!」 駆け寄る天嶺はいつもの美貌だけが際立つ顔ではなく、心底心配した表情を浮かべ俺を強く抱き締めた。 コイツ、こんな表情もできるのか……?! 全身から安堵が伝わってくる天嶺に、俺はいつもの通り身を委ねようとしたが瞬時にここへ来た当初の目的を思い出す。 「大丈夫。それよりこんなとこ(、、、、、)、他のヤツに見られたらどう説明するんだよ?それとも、“婚約”が決まったから何とでも言い訳できるってか?」 吐き捨てるように言いながら天嶺の腕を剥がした俺は、自身の奥底にある本音がつい露呈してしまったことに酷く後悔してしまう。 「くれ、は?」 綺麗に整えられた天嶺の形の良い眉が苦痛に歪められ、濃い茶色の瞳が大きく揺れ動く。 「昨日、“続きシたい”って……だけど帰って来なかったの……って」 何もかもパーフェクトな男が全身を震わせながら俺に問う。 「……スマートフォンにも電源入ってなかった。どう、して……?」 いつも堂々した態度の男が泣き出しそうな情けない声を出す。この光景だけで、俺までもがつられて泣き出しそうになる。 「――好きなヤツができたんだ」 震える手にギュッと力を入れ、挑む様な眼差しで天嶺を見つめた。 「酒も解禁した」 俺の告白に天嶺の大きくて逞しい肩がビクリと揺れた。 「5年ぶりに外で呑んだ酒は美味しかったな」 わざと天嶺を苛立たせるように挑発的な口調で言い放つ。 「……だから、お前も俺なんかに構わず安心してお嬢さんと“結婚”しろよ」 “絶望”そんな言葉が全身から滲み出ていた天嶺を余所に、俺はデスクにしまわれたスマートフォンを回収するとすぐさま背を向けた。 これ以上天嶺を見ていたらきっと俺、 きっと俺…… 嫌なヤツで終われなくなるからさ。 背後に天嶺の強い圧を感じながらも、俺は意地を張って振り返ることをせずその場から立ち去ろうとする。

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