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第15話

今から5年以上前。 月末最後の金曜の夜、会社付近の居酒屋で営業部から人事部への異動が決まった天嶺の送別会が開かれていた。 部署全員が二次会まで強制参加という体育会系のノリで、一週間の蓄積された疲労により早く家へ帰って寝たかった俺もその輪の中に嫌々座っていたのだった。 ……よりによって、主役の壬生の隣か。 偶然とはいえ、入社から今までずっと隣のデスクだった男と最後の最後まで隣同士の席であった。 だが華ある美貌の男、天嶺の隣に座っていても他のスタッフたち……特に女性スタッフたちが彼を放って置くことはなく、言葉を交わすチャンスは一切なく彼の整った横顔をただ眺めるしかできない。 氷がだいぶ解けてだいぶ薄くなった梅酒ロック割りを俺は勢いよく煽り、今夜で見納めとなるであろうこの美しい横顔の持ち主との、出逢いから今までを独り振り返っていた。 最初は大嫌いなヤツだったんだけどなぁ……。 外見、家柄、能力、そして彼女。 天は二物も三物もとびきり良いものを全て壬生に与えてしまっている。 ホント、狡いヤツ。 グラス内に無駄に解け残った氷を俺はカラカラと回しながらぼんやりとそんなことを考えていた。 さすがにノンケとどうこうなんて、お似合いの美人彼女が実際にいるヤツ相手に非現実的な妄想なんてしない。そこまで俺はバカじゃない。 だが好きでいるくらい、自由だろう――。 密かに心の中ではそう思っていた。勿論、告白する予定も勇気もない。告白しなけりゃバッドエンドどころか始まりさえしない。 大丈夫。 逢わなくなれば、この想い自然と薄れていくはず……。 今は辛いけれど。 いつもそうだったから。 ノンケの男ばかり好きになってしまうこの性癖は、本当に苦悩と涙が尽きない。 「はーい、ラストオーダーです!」 周囲に気が付かれないよう小さく俺が溜息を付いたところで、二次会幹事である男の先輩が大きな声で叫ぶ。 「あ……俺、梅酒ロックで」 眠気なのか酔いが回ったのか判断能力が怪しくなってきた俺は、ぼんやりとしながらも先輩の声掛けに合わせて無意識にオーダーの手を挙げる。これで何杯目だろうか。数えるのも恐ろしい程、既に本日はアルコールを体内に入れている。 「癸生川、もうそろそろ止めておけよ」 挙げた俺の手を天嶺の大きな手がそっと下へ降ろす。 「先輩、こっちやっぱり水のジョッキで」 ようやく絡めたのかと思えば、最後の最後まで俺の世話役を甲斐甲斐しく買って出る天嶺に思わず胸が熱くなる。 「もうフラフラだろ、帰れなくなるぞ」 注意を受けていることは分かっていたが、俺は耳元で囁く天嶺の心地好い声につい聞き惚れてしまう。 「大丈夫だ、壬生は心配しすぎだって」 「いや、だからこそ安心できないな。俺が見張ってないとこれからも癸生川は何をするやら」 その一言から未だに天嶺は俺のことを信用していない事実を知り、たちまち鈍器で頭を殴られたようなショックを受ける。 ……まぁな、そうだよな。 仕事上だけの関係だって分かっていたけれど、まさか未だに信用すらされていなかったなんて。 悔しさから天嶺が飲み途中だったジョッキの生ビールを奪い取る。 「こら、癸生川!」 「……らいじょーぶ」 一気に飲み干した俺は、立ち直れない自身を奮い立たせるようにわざと平気なふりをして笑みを浮かべた。

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