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第16話

あれからすぐ二次会はお開きとなり、俺はふらつく足元を踏みしめながら駅へ向かう流れの最後尾に独り着いていた。 店を後にした際には既に天嶺の姿は見えなかったので、三次会へ連れて行かれたのだろう。本日の主役なのだから当然の流れだ。 最後の最後まで言うことを聞かなかった同期の俺に、天嶺は一体どう思ったのだろうか。 信頼はなくとも、せめて嫌いだと思われていなければいい。 そんなことを思った瞬間、俺の二の腕が後ろから掴まれた。 「……え?」 驚きのあまり急いで振り向くとそこには天嶺が立っていた。 「酔っ払い、見てられねーぞ」 「壬生、何で……?」 「何でって、そりゃ世話役が世話するのに意味なんてあるのかよ」 真剣な表情で話す天嶺が冗談を話しているとは到底思えなかった。 だが何故そんな理由だけで、異動してしまう前部署の俺の世話を焼くのだろうか。先程から天嶺の意図することが全く分からず俺は戸惑う。 「……俺なんて世話したって何の得にもならないだろ、お持ち帰りできる女の子じゃあるまいし」 棘のある口調で俺は答えた。 「得かどうかなんて、ましてや女だからとか関係ないだろう」 躊躇うことなく天嶺は話す。 「意味分かんねぇよ、お前みたいな全て幸せなヤツが言うことなんて」 これは八つ当たりだ。そう思いながら俺は一度湧き上がった負の感情が止められず、目の前の男にぶつけてしまう。 「――そうかな」 眉根をやや寄せながら美貌の男は答える。 「そうだよ、お前みたいに何でも恵まれているヤツに愛されている彼女は羨ましいよ。……あ、秘書課の彼女だっけ?」 酔った勢いで俺は言わなくても良いことまで口をついて出てしまう。瞬間、天嶺の口が何か呟いているように見えたがあまりにもその声は小さくて俺には全く聞き取ることができなかった。ただ辛そうな天嶺の表情を見る限り、俺の発言が一瞬にして彼を困らせてしまったことは容易に窺えた。 辛いな。 好きな相手にそんな顔をさせてしまった事実に、今の俺は天嶺の傍にいるべきではない。そう判断し、ここから立ち去ることを決意したのだった。 「じゃ、俺……地下鉄だから。今まで世話になったな」 振り返らず俺は嘘を付いた。本当はこのまま目の前にある駅まで真っ直ぐだったが、天嶺と離れる為にわざと嘘を告げ違う方向へと歩き出す。 「ちょっと大丈夫か?!」 少し歩いたところで天嶺が俺へと駆け寄り身体を支える。どうやら俺は自分でも気が付かない内に足がもつれてバランスを崩したようだった。 「やはりだいぶ酔ってるな」 「……俺は大丈夫だから、壬生は三次会へ行けよ。皆、待ってるだろ?」 「断った」 「……え?」 「心配だから、独りにさせておけないから。癸生川の家、この地下鉄じゃないだろ?こっちだ」 「うるせーよ」 素直じゃない今夜の俺は、天嶺に嫌われたくないと願いながらも反発を続ける。だが俺の家の方向を知っていてくれた天嶺に少しの嬉しさを感じる。今夜の俺は本当に感情が忙しい。 百面相しながらいちいち抵抗する俺の顔を、迫力ある美貌の顔は一瞬だけじっと見つめる。 「……黙って世話されてろよ」 今までに聞いたことの無い低い声色で呟くと、俺の手を自身の逞しい肩へと回すようにかけそのまま俺に密着しながら支えるように歩き出した。 ふわりと一瞬鼻を掠めた天嶺の香りは酷く俺の官能を擽った。それは、今までの俺の忙しかった感情がどうでもよくなる程俺を煽った。やはり俺はこの男をそういう意味で好きなんだ、この時そうぼんやりとした頭で再認識したのだった。

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