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古瀬涼太と小野田春樹 2
「景吾は誰でもいいんだよ、可愛ければ」
「は?そんな最低な男じゃねえよ」
「最後まで聞いてから怒ってくれる?」
遠慮のないド直球のデッドボールに、さすがの涼太も怒りを滲ませる。しかし春樹はいたって冷静で、何事もなかったかの様に涼太をなだめた。
「イケメンでお洒落で頭も良くて、おまけに高身長。モテるのは当たり前だよ」
「お、おう」
まさか褒められるとは思っていなかった涼太は拍子抜けして、強く握り込んでいた手を開く。
上手く飴と鞭を使い分けられ行き先を失った怒りが、ふわふわと宙を舞ってどこかへ消えていった。
いつも二人の会話の主導権は春樹にある。同い年のはずなのに、身長なら断然勝っているのに、なぜか春樹に勝てないのだ。それが精神年齢のせいだということに、本人は全く気づいていない。
「だから自分から行かなくても周りの女の子から寄ってくる。告白して付き合ったことないんでしょ?」
「まあ……そうだけど」
「自分のことを好きだって言ってくれる子のことをなんとなく好きになるから駄目なんじゃない?」
目の前に突きつけられた答えは、反論のしようがない完璧なものだった。いくつも思い当たる節があり胸が痛む。その痛みに漬け込んで現れたのは、言い訳しようとするずるい自分。涼太はどうにかそいつを押し殺し、一度冷静になってみた。
今まで付き合ってきた子達のことは好きだった。それは嘘ではない。ただなんとなく好きだった、という言葉の方がしっくりくる。自分を好意的に思ってくれる人を好きになっていたのだ。自分から愛していない相手にフラれても傷は浅い。つまりはそういうことだ。
「……ちっ」
「その反応は図星だね。あと舌打ち下手じゃない?」
明らかにやり慣れてない不自然な舌打ちに思わずツッコミを入れる。涼太はわなわなと震えながら反撃の一手を探した。しかし特に言い返したいことはない。とりあえず近くにあったふにゃふにゃの武器で斬りかかる。
「じゃあお前は可愛い女の子に『好きです』って言われて断れるのかよ!」
「女の子に興味ないから」
「あ、そうだった」
一瞬で武器を取り上げられ、涼太の反撃は終わった。とても呆気ない結末である。
春樹は女性に興味がない、同性愛者だ。子供の頃から好きなるのは男性で、今まで付き合ってきた人も男性である。わざわざ言う事じゃないからと周囲に告白していないが、涼太には話の流れでさらっと伝えてあった。「へーそんなんだ。」ぐらいの反応しか返さなかった涼太の顔が、春樹の記憶に未だ残っている。
「まあ、タイプの男に告白されても断るけど」
「マジかよ」
「もしくはセフレにする」
BGMにも溶け込まない「セフレ」という強烈な三文字に、ショートケーキの最後の一口を頬張っていた涼太はむせた。その姿は下ネタに耐性のない中学男子の様である。
涼太はモテこそはするが意外と純情な所があった。浮気はしたことがないし、夜遊びもほとんどしない。数合わせのために強制連行されて行った合コンぐらいだ。見た目から遊び人というイメージがついているが、実生活とはかなりギャップがある。
酒よりもスイーツが好きな恋に恋する男、それが古瀬涼太。
春樹は、そんな涼太のうぶな反応に笑いつつも紙ナプキンを渡してあげた。
「ごめんごめん、涼太には刺激が強すぎた?」
「……絶対お前の方が最低だ」
「酷いなー、今時セフレなんて珍しいもんじゃないでしょ」
「何人いんだよ」
「五人」
「リアル……」
全く悪びれた様子もなく、無邪気な顔をしながら指で五を指し示す春樹。童顔ということもあってか、その見た目と話す言葉が全くあっていない。これでセフレが五人というのだから、人間は見た目じゃないというのがよく分かる。
春樹のセフレは年齢も仕事もバラバラで、皆ネットで知り合った人達だ。相手の本名も知らず、自分の本名も教えていない。いつでも縁を切ろうと思えば切れてしまう、そんな関係性だった。
そんな荒れた性生活を送っている春樹も恋愛に対して問題を抱えているが、本人はそれを大した事と思っていない。そこが涼太との違いである。
「ま、とにかく景吾は自分から誰かを好きになった方が上手くいくと思うよ。どんな子がいいの?」
「可愛い子」
「……こりないね」
春樹が呆れ顔を浮かべたその時、テーブルに置いてあったスマートフォンが短く鳴った。画面を確認すると、見慣れた名前から届いたメッセージが表示されている。
「今から会える?」
無駄が一切ない、業務連絡の様なメッセージだ。絵文字一つないそれは、相手との距離感を感じさせる。春樹はそのメッセージの意味を理解し、微笑を浮かべて席を立った。
「ごめん、ちょっと用事出来たから帰る」
「用事?」
「顔が好みとセフレとちょっとね」
「は、はあ!?」
「じゃあね~」
ひらひらと手を振りながら店を出ていく春樹。その背中を、涼太は困惑しながら目で追った。
華奢な身体は隙きがある様に見える。しかし彼の周りにある独特の雰囲気は、人が深く踏み込んで来るのを拒絶している。涼太はそのことに気づいていない。気づいていないからここまで仲良くなれたのだ。
「……あいつよりはまともだよね、俺」
BGMにかき消されそうなか細い声で涼太は呟く。少し情けないその姿を、さっきまでケーキが乗っていた白い皿だげがじっと見つめている様だった。
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