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第8話

 俺の所属するプロレス団体は、平日水曜日の道場マッチと日曜日の小さなハコでの大会。そして月末の日曜日は大きなホールでの大会が開催され、また少しの間長い休みが入る。  平日、練習が終わるとすぐ正臣に会う生活を送ることになった。  どういうわけか、正臣に飼育されるようになってから、からだの調子がいい。  もちろん性的な責めを受けたその時はぐったりと動けなくなるが、不思議なことに、翌日にはすっきりと頭がさえるのだ。  今日は正臣と出会って、はじめての試合のある日曜日だ。  第二週目の日曜。小さな会場での試合。  この会場は選手控え室の小窓から、客の入りが良く見える。  最近団体の人気レスラーがバラエティー番組に出演した効果なのか、ここのところ特に客入りは多くなっている印象だ。  どんどん会場に人が入っていく中、外の喫煙所にも人が集まっていた。  その中に見覚えのある顔を見つけた。正臣だ。 『プロレス見ることがあるって、会場で観戦するってことだったんだ』  タバコを灰皿に押し付けた正臣はスーツの内ポケットからチケットを取り出し会場入り口へ進みだした。  プライベートの顔見知りから、試合を見られることは今まで無かった。  親ですら、俺のこの姿を見たことがない。  ───私はあなたのプロレスをしている姿、好きですけどね。  最初に会ったときに言われた言葉だ。  嬉しかった。自分の全てを肯定された気がした。  俺の出番は休憩前の第四試合。  エース槙橋のタッグパートナー、加納とのシングルマッチで、俺はヒールとして凶器攻撃を行い反則で負けるがゴングが鳴っても『暴行』をやめない。ヒールチームも乱入し、混乱するリング内。その様子を控え室で見ていた槙橋がパートナーを助けに入るブックだ。  そこから俺の苦手なマイクアピール合戦だ。  ここは今後の話の流れをくみつつ、自由に自己プロデュースしなければいけない。  自己プロデュースは苦手だ。  でも、最高のパフォーマンスがしたい。デビューして初めて、心からそう思った。  俺がやっていることは決して恥ずかしいことじゃないんだから。  一瞬だけ母親の顔が浮かんだが、何も罪悪感を感じることはない。  まずは、ひとりでいい。正臣を楽しませることだけを考えよう。 「カイさん、そろそろ入場の準備お願いします」 「うん」  控え室から選手の入場ゲートへ向かう途中、第三試合を終えた選手とすれ違う。 「なんか、今日のお前いい顔してんな。がんばれよ~」 「ありがとうございます」  練習生が入場の準備が出来たことを会場の音響に伝えると、俺が使っている入場曲のイントロがかかる。  青い入場幕の降りた入場ゲートの前。そこを出る、抜群のタイミングで幕をくぐった。  歓声。入場曲に合わせた手拍子。ヒールに対するブーイング。それらを浴びながらリングへ進む。  目を輝かせる子ども。怖がっている子ども。ビール片手に横の人としゃべりながら観戦する人。一人で来ている人。カメラを向けている人。  今まで客入りは気にしても、客席までは気にしたことがなかった。  ヒールのテンプレート。  笑わない。目つきを悪く。高圧的に。言葉遣いを汚く。  無理をしていた。きっとお客さんもそれを感じ取っていたんだろう。  俺は俺でいいんだから。それは正臣が俺の体に教えてくれたことだ。  ヒールのテンプレートは、もう終わりにしよう。そう思った瞬間、自然と笑顔になった。  俺の様子が変わったことに気が付いたのか、一瞬会場がざわついた。気にしたらダメだ。  そのまままっすぐ進むと、リングサイドに正臣が座っていた。俺を見ている。  心臓が痛いくらいに音を立てた。見られている。いや、正臣に見てほしい。  リングにかけられた階段は使わず、リングに上りトップロープから飛び跳ねるようにリングの中へ入る。  頭からセコンド脇に置いている水を頭からかぶる。目の下に塗っていた目の下の黒いメイクを親指で拭い取り、リングサイドの正臣に微笑んだ瞬間、会場が割れるような歓声が響いた。  試合が終わり、苦手なマイクアピールも無事に終えて控室に戻ると、控室にいた所属選手が口々に褒めてくる。 「カイ、今日のすっげーよかったよ! マジで今日お前どうしたん? いつもヒールはこうあるべき~とか言ってたのに」 「ありがとうございます。なんか、もう無理したくないなって。俺は俺でいいんじゃないかなって、思ったんです」 「敬語系ヒールって新しいよな。なんだっけ『次こうなるのは槙橋さん、アンタですよ』だっけ?」 「あの最後に上唇ペロってするのもエロくてよかったわー」  バタバタと足音が聞こえたと思うと、勢いよく控室の扉が開く。今日の相手、加納が控室に飛び込んできた。 「カイさぁ~ん! 今日のやべーっす! めちゃめちゃかっこよかったっす!」 「あ、ありがとう」  加納は俺がまだ道場の寮にいた頃、世話をしていた後輩だ。  俺より人気があるのに、未だこうして先輩としての俺をたててくれる、優しい後輩だ。  俺はヒールレスラーだから特に物販に立つこともないが、加納は物販コーナーに行く前にわざわざ俺のところへ来てくれたようで、かっこいいをもう何度か叫ぶとほかの物販担当のレスラー連中に引きずられて控室を出て行った。  人の少なくなった控室は静かだ。手持無沙汰になり、置いていたスマホを見る。  二件、普段は使わないメッセージアプリに通知が来ていた。  調教の呼び出し用に連絡先を交換している正臣からだ。  メッセージボックスを開くと、俺がマイクアピール中に唇を舐めている写真と、一言『明日』とだけ書かれてある。  会場は休憩に入っている。長くてもあと一時間で今日の大会は終わるだろう。  本当なら明日と言わず、今日会場の撤収が終わったらすぐに会いたかった。

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