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第3話:そうして僕は夢を見た

 取材を終え、佐藤邸を後にする。ちょうどお昼だったため、石川さんのオススメの店へ入った。なるべく関わらないと決めた矢先だったが、一緒に会社へ戻る途中となると断るのも不自然で、仕方がなかった。 「大丈夫か?」 「え?」  スリランカカレーの辛さにヒィヒィ言いながら、石川さんを見た。同じメニューなのに、涼しい顔をして食べているから凄い。 「辛いの好きなんで、大丈夫です」 「そうじゃなくて、親身になりすぎる性格のヤツは、病む確率が高い」 「あぁ、えっと、それも大丈夫ですよ」  さっきの、カメラを向けられた時のことを気にしてくれているのだと気付き、僕は若干後ろめたい気持ちになった。 「でも泣くほど……いや、余計なお世話か」  親身になりすぎて、キャパオーバーとなり潰れる人もいるのは確かだし、心配はごもっともだ。今日の僕はそういうタイプに見えても仕方なかった。 「いえ、ありがとうございます。でも僕は家づくりが大好きですし、半分趣味なんで、大丈夫です」  僕はなるべく笑顔で答えつつ、汗を流しながらラッシーを飲んだ。 「もしかして、辛いの苦手だったか?」 「大好きなんですけど、弱いんですよね」 「本場の味に近くてオススメだったが、違う店の方が良かったかもな」 「いえ、そんなことないです! 今度おひとり様で来ようかなって思ってたところですしっ!」 「そうか、なら良かった」  そう言って笑う石川さんの笑顔に、僕は複雑な気持ちを抱えた。  いちいち胸が騒ぐのは、夏目に似ているからなのか。それとも、尊敬していた人と近づけたからか、分からなかった。 「なぁ、1つ質問なんだが」  石川さんはゆっくりと頬杖をつき、僕を真っ直ぐ見つめた。 「なぜ俺の目は見ないんだ?」 「えっ?」 「いや、佐藤夫妻の目はしっかり見て対応していたし、気になってな」  僕は返事に困った。  顔を合わせたばかりの職場の先輩に、亡くなった恋人の話をするのも重たすぎると思うし、夏目に似てると言われても石川さんは困るだけだと思う。 「もしかして、俺が怖いか?」 「いえ、怖くないですよっ!……ただ、石川さんが作るツールって、集客力がありますし、クレームにつながるような曖昧さや勘違いさせる表現もなくて使いやすいというか……凄いなって、ずっと思ってて……」  手元のグラスを見つめながら、思っていたことを口にした。  現場の人間が使いやすいってことは、石川さんは商品のことを正確に理解しているということだ。それに、営業の目標数値や何を売りたいかなども、まめにチェックしているに違いない。オシャレなだけで使えないパンフやチラシが山ほどある中で、石川さんの用意してくれた資料はいつも武器になっていた。 「だから、どんな人なのかなって、ずっと気になってて、それでまだちょっと緊張しているだけなんでっ……すみません」 「そうか。なんだおまえ、可愛いやつだな」  石川さんはクスクスと笑った。 「そうだ、金曜にそっちのビルへ行く用がある。直帰できるよう調整するから飲みに行かないか?」  近づいちゃダメだ。頭では分かっているのに……その目を見た僕は、首を縦に振っていた。 *** そして金曜日――  どうしてこうなったんだろう。  居酒屋からBARに流れて、終電を逃して、石川さんと一緒にタクシーを待っていたところまでは覚えている。そこで記憶がプツンと途切れていた。 「んっ……」  角度を変える度に口の隙間から漏れ出す水音と、自身のかすれた声が聴覚を刺激し、完全に思考能力を奪われる。 「小野……」  頭がクラクラする。それがキスのせいなのか、アルコールのせいなのか、もはや分からない。眩暈がするほど甘い感触に、ただただ震えていた。 「小野のことが好きだ」 「なつ……め……」  薄明りの中に、夏目がいた。 『なぁ、今と何も変わらなくていい。ただ肩書きだけ、友達を恋人に変えてもらえないか?』  あの日の告白が、頭の中に響いた。僕はその言葉を鵜呑みにして、最後まで恋人らしいことをしてあげられなかった。  なぜキスをしなかったんだろう、なぜ抱きしめなかったんだろう。ずっと後悔してきた。 「夏目ごめっ、キス……抱きしめ、て……」 「初めて会った日も、おまえは俺を下の名前で呼んだな。あの時はムカついたが……もういい、好きに呼べばいい」  口内を激しく貧られ、息もできない。冷たい指先が、背中を伝いおりていく。ぞくぞくとする感覚に、僕は囚われていった。  そうして僕は、夏目に抱かれる夢を見た――。

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