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第6話

 手入れが行き届いた庭の一角に真っ赤な彼岸花が咲いている。風が吹くとゆらゆら揺れるそれをぼうっと眺めていた。  しばらくして、足音が聞こえる。  竜我は姿勢を正し、廊下に向かって頭を下げた。四角いような指の素足が見える。 「なんだ、畏まって。楽にしろ」  そう言って部屋の座椅子に腰かけたのは、七〇になっても未だ衰えない眼光を持つ兼平組、組長世川賢三だった。真っ白い髪を後ろに撫で付けている。  竜我は顔を上げて足を崩した。腹の傷がズクンとうずいたが、顔には出さなかった。  間一髪、内臓をそれていたおかげで命拾いしたが、思わぬごたごたに巻き込まれ、気づけば撃たれてから一ヶ月が過ぎようとしていた。 「片付いたか」  賢三に尋ねられ、うなずく。  竜我を狙ったのは慰安旅行には連れていかなかった部下の丸内で、兼平組と小競り合いを起こしている桑川組と内通していた。元々、男とデキてる竜我を面白おかしく吹聴して万治から制裁を受けていた。今回の件は、その意趣返しのつもりだったのだろうが、丸内には高くついた。  今頃、豚の糞になっている。  狙撃犯は桑川組の江口。こっちは生首に自分の竿をくわえさせて突っ返してやった。 「竜我。男遊びもほどほどにしておけ」 「はあ」  組長に言われて素直に「はい」と言いたくないと思ったのは初めてだった。男遊び、という言葉が引っ掛かる。 「……嫁を取るつもりはないか」  伺うように組長に言われて、ぎょっとする。  その竜我の顔を見て、賢三が渋く眉を寄せる。 「今回の件はお前が男に傾倒した結果だ。嫁でも取れば男と寝ていようが部下も遊びだと割りきれるだろう」 「橋本竜我の嫁になりたい女がいますか」  自分の悪癖は賢三も知っているはずだ。  賢三は「由紀はどうかと」と、目に入れても痛くないほどかわいがっている孫娘の名前を口にした。 「昔からお前になついていたしな」 「由紀お嬢さん……」  たしか、今年二一歳になる。今は大学に通っているはずだ。 「俺には、勿体ないですよ」  組長の孫娘との縁談は、出世を望むなら願ってもない好機だが、竜我は由紀をそういう目で見たことがなかった。部屋住みの頃、確かに面倒を見ていたが妹としか思えない。  由紀は違うのだろうか。 「お嬢さんは、何て……」 「お前と、仁左、清介のうち誰と結婚したいか聞いたらお前だと言っていたぞ」  そりゃあそうだと笑いたくなる。大蔵仁左は五〇を過ぎているし、宮永清介は三十歳で切れ者だが、女癖が悪く、非嫡出子が五人はいると噂になっている。竜我は女を殴らないと勃起しないが、かわいがってきた由紀を殴りたくはない。由紀もそこはわかっているのだろう。  つまり、消去法だ。 「……来年まで、待っていただけませんか」 「まあ、私も今日明日に祝言とは思っていない」 「ありがとうございます」  由紀を嫁にしても普通には子どもは望めないだろうな。  屋敷を出る。敷地内に停めていたバイクを押して門をくぐった。  由紀は昔から色白で、飛びきりの美人、というわけではないが愛想がよく、かわいい雰囲気の子だった。ひねくれたことを言ったりもするが、そんなところも妹のように感じていた。  賢三は男児に縁がなく、実子は娘が三人。家を継がせるために若頭の隆治と次女の幸実を結婚させている。  由紀は次期組長の一人娘だ。縁組みが決まれば、隆治が組を継いだ時、このまま素直に進めば若頭となるのは竜我となる。  だが、由紀は極道を嫌っているし、頭がいい。このまま大学を卒業して研究者にでもなった方が幸せだろう。  そんな個人の希望など、賢三には関係ないだろうが。  まだこの話は自分の中だけに留めておいた方がいい。  今年くらいは楠田といたい。  いや、そもそも、別に百万ぽっち返してしまってもいい。楠田は、かわいい。一緒にいて腹が立たない。  この騒動で少し体調を崩したが、竜我の回復に合わせて調子を取り戻している。  楠田はひ弱のくせに、殴られることを何とも思ってない。そう。別に楠田は殴られて興奮するわけではなかった。  首をしめられたり、尻を叩かれたりするのは好きみたいだが、竜我にされることなら何でも気持ちいいらしい。  バイクを走らせながら、楠田の感じる顔を思い出して興奮する。そして、竜我は楠田に会いたくて、ただそれだけで、知らず知らずのうちに、帰路を急いでいた。

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