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第8話※G

 養豚場の息子に借金していた竜我の父親は、住み込みで豚の世話をさせられていた。豚はきれい好きと言われるが豚舎は臭い。しかも、そこはヤクザの下請けで時々、異臭がする袋を餌と一緒に撒いていた。  中身は、知らないふりをした。  豚は悲鳴のような鳴き声を上げながら餌に食いついていた。  竜我は学校などには行かせてもらえず、毎日朝早くから父親と一緒に豚の世話をしていた。納屋の二階が父親の寝室で、竜我の地獄だった。  毎晩、毎晩殴られる。理由もなく。顔が腫れて目が見えないような日もあったほどだ。  父親は金を貸してもらった養豚場の息子にごみのように扱われていたが、竜我はその下だった。奴隷と言っても過言ではない扱いで、父親がなにかやらかすと連帯責任で竜我も罰を受けた。  父親が殴られている間、竜我は手足を縛られて豚小屋の中に放り込まれた。目が痛くなるようなツンとする悪臭。豚の糞尿に溺れながら、分の体ほどもある豚に群がられるのは本当に怖かった。  飯もろくに食わせてもらえないため、大人のすきをついて敷地を抜け出し、町に出た。最初は右も左もわからなかったが、居酒屋を見つけてからは違った。  酒に食い物。どのテーブルにもうまそうな料理が並んでいた。ここの連中は竜我を知らない。盗んでも逃げ切れば追ってはこれない……。  後は勢いだった。  テーブルに並ぶ食い物を鷲掴みにして竜我は逃げた。  頭を真っ白にして死に物狂いで走り、後ろから追いかけてくる声がなくなっていたことに気づいて立ち止まった。  そして、物陰に隠れて、手の中でぐちゃぐちゃになっていた飯を貪るように食った。  あの味は忘れられない。  いつも食っていた塩がかかった飯とは違う、複雑な旨味が口一杯に広がった。  その快感と空腹が満たされた感覚が忘れられず、町へ繰り出し、あちこちの居酒屋や飯屋を襲った。  何度か警察に捕まりかけたが、足は早かったようで、捕まったことはない。  そんな頃。ホテル街に迷い込んだことがある。  そこで、酔っぱらいに絡まれる子連れの女に遭遇した。最初は無視しようとしたが、酔っぱらいの身なりがいいことに気づき、近くに落ちていた傘を握って、その酔っぱらいに襲いかかった。  どうしてそんなことができたのか、未だにわからない。今まで、どれだけ殴られても父にも養豚場の息子にも反撃すらしたことがなかった。衝動としか言いようがない。  酔っぱらいを傘で殴り、怯んだところをさらに蹴りつけた。男は「ひいっ」と声を上げて財布から紙をばら蒔いて逃げていった。  呆然としていると女が礼を言ってきた。最初は、意味がわからなかった。「ありがとう」なんて、聞いたことがなかったからだ。だが、何度か言われて何となく理解できた。  女とその子どもが金を拾い集めるのをぼうっと見下ろしていた。当時の竜我は「何で紙なんか拾うんだ?」と訝しく思った。  竜我は紙幣を見たことがない。  そして女は「お礼」としてその、紙を五枚くれた。  使い道はわからなかったが、くれるものを断る通りもなく、ポケットに突っ込んだ。  そして、誘われるままについて行き、近くのラーメン屋で腹一杯食わせてもらう。  それは想像以上の幸せだった。  今思えばインスタントさながらの安ラーメンだったが、盗んで食う手の中で混ざった飯がご馳走だった当時、自分用に用意された温かい食事なんてしたことがなかった。情けない話だが、世の中にはこんなにうまいものがあるのかと涙さえ出た。  その時だ、金の使い方を知ったのは。  女が万札で支払いをした。そして、竜我は店員が返す釣り銭を見た。  千円札はともかく、じゃらじゃらとした小銭には見覚えがあり、それを見た幼い竜我は父親がどれだけ借金があるのかわかりもせず「大金」と思ってポケットに入っていた魔法の紙をそっくりそのまま父親に渡した。  これで借金が返せて、普通の人と同じように自分達の家で暮らせるようになると信じて。  だが、当然、生活が変わることはなかった。  翌日は父親が朝から姿を見せず、その代わりにと倍以上働かされた。養豚場の息子に、昨日の金のことを話すと心底、馬鹿にしたような目を向けられた。 「馬狂いに金なんか渡してどうする」 「う、ま?」 「お前の親父はクズだ。金がありゃ、競馬に突っ込む大馬鹿なんだよ。今ごろ、あの金はごみクズ同然だろうよ」  笑う養豚場の息子。そんなはずないと頭の中で思っていたが、その日の夜に父親が帰ってきて、わかった。  くしゃくしゃになった小さい紙を投げ捨てて寝ようとする父親。小さい紙には数字が書いてある。  馬券だった。  だが、汚ならしく丸められたそれは本当に「ごみクズ」として竜我の目に写った。  金を手に入れても、父親に渡しちゃだめだ。  それからは、同じように食い逃げをしながら、酔っぱらいから金を巻き上げるようになった。失敗してそこで殴られることがあったが、そうでもしなければ、食っていけなかった。  十三才。毎日、毎日、力仕事。  夜は抜け出し、酔っぱらいを殴って金を巻き上げる。そして、女を買うことを覚えてから、安全な場所で飯を食い、短い時間死んだように寝るようになった。  納屋に戻ると、どんな時間でも起きている父親に抜け出した罰として殴られた。  竜我の父親は頬がこけ、目だけぎょろっとした顔になっていた。息子を痛めつけながら、この世の底辺で生きていた。禿げて脂光りし、すえたにおいがして、痩せているのに腹だけ出た父。  借金があり、金があれば馬に全て突っ込む。母はどんな人か知らないが、とにかくこんな男の精子から自分が生まれたかと思うと吐き気がした。  この豚に劣る男は自分より格下を作ろうと必死だ。そのために、息子を殴り続けた。  いつまでも、子どもが子どものままだと侮り、息子が反撃してくるとは夢にも思わず。  何がきっかけか忘れたが、ひょっとしたら、女と飲んだ酒が勢いづけたのかもしれないが、その日、竜我は父親を殴りに殴り、豚小屋に引きずっていった。  血だらけの顔に涙が筋を作っていた。情けなく悲鳴を上げ、助けを求める父を血のにおいに反応する家畜に預けた。あの臭い袋の中身と同じように。  豚はいつものように肉を食い、骨を砕いた。  それを見た養豚場の息子――平野大介の口利きで兼平組に入った。  親を殺すやつはいるが、豚に食わせるなんてと大介は笑っていた。  大介の笑った顔はその時、初めて見た。  まともじゃない。わかっていたが、大介だけじゃなく、この世界は狂っている。  くすぐったさに目を覚ました。  焼いて止血したはいいが、化膿してどえらい目に遭った銃創。軟膏を抑えるガーゼ。それを固定するテープを楠田が舐めている。  スマホと一緒に置いてある腕時計を見る。七時。朝の七時だ。まだずいぶん早い。 「……くすぐったい。やめろ」  楠田の頭を撫でる。小さい頭。整った顔も小さい。いつも何となくいいにおいがする。香水ではなく、シャンプーかボディーソープだと思う。髪を軽く引っ張るとキスをしにやって来る。  ちゅっと音を立てて唇だけ触れ合わせた。上から見つめられる。目の下の色っぽい黒子を親指で撫でた。 「お前、何で俺のところに来たんだ?」  豚小屋で育った。  父親を豚に食わせた。  しばらく後で、大介から聞いた話だと、母親はヤク中だったらしい。俺にはいいところなんて何もない。  唐突な問いかけに楠田はきょとんとしている。 「俺は汚いだろ」  そう呟くと、楠田は笑った。 「きれいなヤクザがいるの?」  何もわかっていないくせに、妙に的を射るようなことを言う。たしかに、叩けばほこりが出るのは誰でも同じだ。 「僕だって嘘まみれだ」  楠田は竜我の胸に頬を当てて体を預ける。頭の重みを感じて何とも言えない温かい気持ちになる。 「……お前の嘘なんてかわいいもんだろ、どうせ」  楠田の鼻を軽くつまむ。 「不細工」 「だ、誰のせいで……っ」  ぺしぺしっと竜我の手を払い、子猫のように竜我の胸の先を舐める。 「お前の舐めさせろ」  楠田をひっくり返し、シャツをめくって薄い茶色の胸をくわえる。ここはされるよりする方がいい。楠田がかわいい声を出すから。  きれいなシーツ。きれいな布団。  乳を吸うと楠田が体をくねらせる。それに合わせてできるシーツのしわ。 「っん、あ……んっ、竜我さ……っ」  濡れた乳首を親指で転がし、耳を舐める。 「ふ、ぁっ、気持ちい、それ」  耳穴に舌を入れ、片手で頭をささえ、反対の手でぺニスをしごく。  竜我さん、竜我さん、と、甘い声で呼ばれ下半身が熱くなった。楠田の足を持ち上げる。あまり毛が生えていない桃色の穴にぺニスを突き立てた。  気持ちいい。  楠田が感じる場所に向かってえぐるように腰を動かすと、中がきゅんきゅんうねる。 「あっ、ああ……っん」  かわいい。  もっと聞きたい。もっと、もっと……。  朝だというのに、大きなベッドの上で何度も体を重ねた。

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