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第9話

「顔つきが変わったと思ったら、そういうことだったのね」  ルイスが年齢のわからない顔に微笑みを浮かべる。六〇を過ぎているはずだが、まだ四〇半ばより若く見える。 『dip』を貸切りにして、部下に飯を食わせに来た。古参はともかく、若い連中は食うに困るやつも多い。腹が減ったとか……そんな理由でつまらない喧嘩をしてほしくなかった。  だから「飯くらいはいつでも食わせてやる」といってある。  問題は食うに困るやつじゃなくてもぞろぞろついてくるせいで毎度、宴会騒ぎになることだ。  万治には金を握らせて楠田の世話をさせている。たまには外で飯でも食わせてやれと伝えたが、先ほど連絡があり、部屋で食べることにしたらしい。  ルイスはスマホを見ている竜我をにこにこ見つめる。 「そんなにかわいいの?」 「まあ」 「否定しないってことはつまり、かなり、なのね」 「うるせえ」  ルイスが口元をおさえて笑った。  そんなことを話していると智弘が隣に来る。 「ルイス姉さん、この人ぞっこんっすよ」  酔っぱらった智弘の後ろ頭を叩く。 「今時ぞっこんとはね」  失笑するルイスに智弘は叩かれてなお口を開く。 「一都さん、顔整ってますもんねえ。それに、きも据わってて、竜我さんの愛人としちゃあ完璧っすわ」 「ずいぶん上からものを言うようになったな」  竜我が声を低くして凄んでも酔っ払った智弘は何のその。万治なら素直に「すんません」となるが、こいつは飄々としていて掴み所がない。  そもそも、智弘は若頭の隆治が使えるからと寄越した男だった。たしかに、馬鹿ではないが全幅の信頼を置けるかと言われたら、少し悩む。  楠田も万治にはなついていて、帰ると万治が部屋に来たときの話をするが、智弘の話は聞いたことがない。  時間を見てルイスに先にあいさつだけ済ませ、竜我はこっそり店を出た。「今度、連れてきなさいよ」とルイスにウィンクされた。  タクシーを捕まえ、由紀と待ち合わせしているレストランへ向かう。イタリアンがいいと言ったので、知り合いの店を予約した。  午後八時。  少し遅めの食事。  店内は中世の異国風で、品がいい。受け付けで青いワンピースを着た由紀が先に来て待っていた。久しぶりに会うが、母親に似てきて気品を感じる落ち着きが出てきている。 「悪い、遅くなった」 「別に平気」  薄く化粧した顔に微笑みを浮かべる。  由紀とは年始の挨拶で顔を見たっきりだ。話をするのは数年ぶりかもしれない。 「立派になったな」 「リュウはおじさんっぽくなっちゃったね」 「うるせえ」  由紀も縁談は聞いているはずだが、変わった様子はない。  食事もデザートが来るまでは近況報告に近かった。  話が変わったのは、チョコレートのムースを食べながら由紀が「リュウってゲイ?」と尋ねてきた辺り。 「いや」  違うと否定した。性趣向は女で間違いないはずだが、一般的なSMプレイから逸脱する竜我のセックスという名前の暴行を甘んじて受け入れる女はプロにもいない。  ただ、楠田だけが違っていた。顔が腫れて、アザだらけ。血便が出たとも言っていたが、逃げなかったし楽しんでいるように見えた。だが、当の本人は軽いMっ気がある程度。軽いスパンキングや首絞めは好きだが、それ以上は我慢の領域だろう。それでも、あの部屋から出ていかなかった。  だから、今も置いている。  それだけだ。  由紀は「ふうん」と鼻を鳴らした。  デザートをスプーンで混ぜる。 「おじいちゃんがリュウと結婚しろって」 「俺か、大蔵さんか宮永だろ」 「そうだけど……。私だって好きに結婚できるわけじゃないとは思ってたよ? でも、まさかそのラインナップだとは思わないじゃない? ボッコボコになるまで殴りながらじゃないと使い物にならないリュウが一番まともとか最低」  シャンパンを飲み干し、由紀を見た。 「万が一そうなっても、お前のことは殴らないから安心しろ。そもそも、若頭の娘なんて殴れねえだろ」  由紀は、はははっと派手に笑い、そのあとぺろりとデザートを平らげた。  本家から迎えの車を呼び、由紀を乗せて見送る。  ちょうど夜の十時。楠田に電話をかけてみると万治が出た。 「……てめえの声なんか聞きたくねえんだよ」 『すみません、一都さんが風呂なもんで』 「そろそろ帰る」 『伝えます』  電話を切り、ちょうど到着したレストランで呼んでもらったタクシーに乗り込む。  運転手にマンションを伝えた。  窓に自分の顔が写る。  由紀は結婚に後ろ向きではないように見えた。ヤクザの娘となれば、このご時世政略結婚も珍しくない。隆治が組長になったあかつきには、竜我は若頭となるのだろう。  由紀と結婚しても子どもは難しい。そうなった時、隆治は納得してくれるだろうか。  正直、楠田を手放したくない。由紀と結婚してもいいが、あの男を手放すつもりはなかった。どんな形でもそばに置いておきたい。養子にしてもいい。とにかく、離れたくなかった。  こんな風に四六時中でも一緒にいたいと思える相手が自分にできるなんて、少し前までは考えもしなかった。  タクシーがマンションの前で停まる。料金を払い、部屋へ向かう。  部屋に入ると、万治が玄関に座り込んでいた。  いかにもヤクザ風な万治がハッとして立ち上がり「お疲れさまです」と頭を下げる。 「俺に敬意を払うのはお前くらいだ」  よくなついたブルドックに思えてくる。 「智弘たちがなにか失礼なことを……」 「気にするな。それより、なんでここにいる? 楠田はどうした」  万治は気まずそうに目をきょろきょろさせて「寝室です」と答える。様子が変だと思ったが、部屋から出した。  先に風呂に入りたかったが、一度寝室へ行く。万治の様子が引っかかる。特に報告がなかったので大事ではないだろうが。 「楠田、入るぞ」  声をかけ、中に入るといい香りがした。甘いが尾を引かない。  部屋の様子を見ると、ベッドの脇にろうそくが点っている。あれが香りの正体だろう。  そのベッドの上には女物のランジェリーを着た楠田が座っていた。ろうそくの灯りにぼんやりと白い肌に黒いレースが浮かび上がる。 「なんだ、その格好」 「変?」 「いや」  ベッドまで行き、楠田を見下ろす。男とは思えない細い肩。ただ、ごつごつしたところは間違いなく男のそれ。肩幅は女よりは広く、節々が目立つ。その絶妙なアンバランスさが酷く卑猥な感じがした。  楠田の髪を引いてにおいを嗅ぐと、シャンプーとアロマの香りがする。 「ろうそくが余分だな」 「ちょっと、せっかく用意したんだからそういうこと言わないでよ」  文句は言うが、くすくすしながら竜我のベルトを外し始める。  当たり前に風呂がまだなのだが、楠田は気にせずにうっとりと頬擦りする。 「きたねえだろ」 「竜我さんのやつなら汚くてもいい」  そう言って本当にくわえて舐め始める。  ちゅぱちゅぱ音を立て、垂れた唾液を手の甲で拭い、また吸い付く。 「馬鹿じゃねえの。犬かよ」 「わ、ふ……わん」  ずるりと口からぺニスを抜き、鳴く。  最初のサラリーマン風の印象はもうない。  これだけうっとりとした顔でフェラをされて興奮しない男がいたら、尊敬する。  正直、由紀との結婚は気が進まない。それについてあれこれ考えたくない今、楠田の存在に救われる。  ぺニスを鼻先に擦り付ける。 「舌出せ」  楠田の赤い舌をぺニスで上下に弾く。  柔らかい舌が気持ちいい。  楠田の口角から唾液が垂れる。  それを先走りに濡れた先端で頬に伸ばし、竿で頬を軽く叩く。これをするとほぼ反射的に楠田が深く口を開く。  焦らすように唇に引っかけて左右に振ると、楠田が片手を自分の股間に持っていく。  楠田の舌にぺニスを乗せ滑らせるように奥へ腰を進める。のどを開く楠田。陰毛に楠田の鼻が埋もれた。  そこからゆっくり抜き、入れる。 「っ……ぐ……ぅ、ん」  楠田の髪を指ですく。  苦しそうな顔。だが、竜我が押さえつけているわけではない。喉を撫でるとうっとりと濡れた目をこっちに向けてくる。  小さい頭を掴み、腰を振った。上顎を擦り、舌に包まれて喉の奥を穿つ。  一突きするごとに楠田が子犬のように高い声でクゥンと鳴く。時々、歯が当たるが気持ちいい。 「出すぞ……っ」  楠田の喉の奥に注ぎ込むと、器用に噎せることもなく、ぐっ、ぐっと飲み込んでいく。飲み込み終わると、先端に吸い付くように舐めて、通り道に残った残滓までうまそうに飲み干した。  くすぐったい。  絶頂後の鬼頭を舐められている感覚もそうだが、胸の中がくすぐったかった。  その気持ちに名前をつけるのが嫌で、誤魔化すように楠田の尻を叩いた。 「こっちに向けろ」  従順な男が顔を赤らめて尻を見せる。薄い尻に女物の下着が食い込んでいる。布の上からほとんどない肉を揉む。 「なあ、楠田」  話しかけると甘く涙ぐむ目がこっちを向いた。 「ん、なに?」 「もし――」  力を入れたら折れそうな体は興奮で白い肌がわずかに桃色になり、黒いレースがそれを淫らに飾り立てる。恍惚とした顔は男というより雌だ。女とかではなく、雌。  理性ではなく本能で動く生き物……。  竜我は楠田の唇を奪い、押し倒した。  下着を剥ぎ取り、一気に挿入する。 「ああっ……!」  びくんと楠田が跳ねる。竜我は腰を打ち付けた。  そして、もしもの話を頭の中で消す。  今は何を話しても睦言にしかならない。それにこんな時に他のことを考える方がもったいない。  楠田がほしい。一年なんて期間は関係なく、ほしい。  正面から楠田を抱く。  自分の下で乱れるこの細い男がどうしようもなく、ほしかった。

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