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第13話
二十歳の誕生日に澄 は父から車をもらった。国産の普通車で、派手さはないが、友だちとキャンプに行くには十分だ。大学生ならなおさらで、自分の車を持っているというだけで箔がつく。医学部という勉強漬けの毎日だが、たまの休みに勉強合宿と銘打ってキャンプに行くことが何よりの楽しみだった。
「お前が車もらってから移動が楽だわ」
駐車場まで運んだ荷物を積みながら冬樹 が渋々と呟く。
冬樹は大学で知り合った。高校まではバリバリの球児だったらしく、頭がよくてスポーツができる上に社交的という陽キャの塊だった。意外だったのは、ゲイだということ。知り合って割りとすぐにカミングアウトされ、つき合いたいとアプローチを受けた。その時は女に人気のあの冬樹がまさかと驚いたが、半年ほど熱烈にせがまれ、無下にもできず、不承不承、つき合うことになった。
だが、つき合ってみると悪くない。優しいし、しつこくない。お互い、勉強で忙しいから融通が効く。高校時代の彼女は勉強を理由に会わなかったりするとぶちギレ状態で手に負えなかった。それを考えると、冬樹は最高の彼氏だ。医者になりたいという夢をちゃんと応援してくれるし、無理に時間を作れと騒いだりもしない。
キャンプも冬樹の提案だった。誘うタイミングも、ちょうどよく、澄にはこの時間が息抜きになっていた。
荷物を積み終わり、冬樹が腰に手を当てた。
「車買ってくれた親父さんに感謝感謝」
そう他意はなく言ったのだろうが、澄は少し返事に迷い「あ、ああ」とぎこちなく返す。
「なんだよ。どうした?」
「いや。親父、俺に甘いからさあ。甘えすぎもよくねえよな……って」
「あはは。確かに」
うまく誤魔化せたらしい。
ほっと胸を撫で下ろす。
「そろそろ帰ろうぜ。他のやつも呼んでくるからさ」
そう言ってキャンプ場に戻る冬樹。澄は運転席に座り、エンジンをかけた。エアコンを調節しながらため息をつく。
澄の父親はヤクザだった。それも、いわゆる組長。組織は小さいながらも古参で、世襲制と言うこともあり、澄は一応、跡目を継ぐ立場にある。だが、若頭は別な人に、と、父には言ってあり、その方向で話も進んでいる。
物心さえつく前の幼い頃、母を病気で亡くした澄を父は男手ひとつで育て上げてくれた。わがままを言っても聞いてくれたし、優しかった母の話もよく聞かせてくれた。
ヤクザでさえなければ、自慢の父親なのだろう。
疑問を感じるのは、反対された記憶がないからだ。何を頼んでも最終的にはすべて許される。時々、金さえ与えておけば、と、どうでもよく思われている気がして、怖くなる。あの優しさのようなものは、なげやりから来るものではないか、と。
祖父の代まで、それなりに派手に海外と取引もして金はたんまりため込んであるという噂だ。ただ、その代に警察に待ち伏せされ、大捕物が行われてからうちは慎重になっているようだが。
また、その大捕物のせいなのか、組織の規模は小さくなりつつあった。そのことを快く思わないやつもいるし、時代の流れだと諦めているやつもいた。
そういう輩にしたら、組長の息子というだけで、跡目でもないのに金を湯水のように使う澄は、目障りな存在だろう。
タバコに火をつけようとすると、窓を軽く叩く音がして、外を見た。中年の男が立っていた。
古臭いパンチパーマ。ブルドックみたいな顔。
「坊っちゃん」
ガラス越しに呼びかけてきて、少し曲げた膝に手を置き、ぺこりと頭を下げる。
「あ、万治さん」
昔、父の下で働いていたこの男は万治という。キャンプ場の支配人で、幼い頃から何かとよくしてくれた。親戚のおじさんなような存在だ。
万治は澄に笑いかける。普段、怖いのに笑うと本当に人のよさそうな感じになる。
ドアを下げると「勉強、はかどりそうっすか」と聞いてくる。
「うん、まあ。それなり」
「坊っちゃんがお医者さんを目指すとは。何度考えてみても不思議っすね」
「まあ……ね」
ヤクザの息子が医者だなんて。
一応、父は滅多なことでは怒らないが、裏切りにだけは厳しいらしく、色々な逸話がある。
中でも、妻に手を出した部下の男を滅多刺しにし、手引きした女は薬漬けにして裏ビデオに回した、と言う話は今思い出してもぞっとする。
普段はそんなことするような人には見えない。寡黙だが、優しいし、医者になりたいから大学に行きたいと言った時は、本当に喜んでくれた。跡目の問題は気にするな、と。父親としては、満点だ。何の文句もない。
ヤクザでさえなければ、冬樹に紹介したかった。きっと、喜んでくれただろう。
「父さんの子でよかったなって思うよ。夢を追いかけられるし、汚くても金はある」
「うちの組にゃ、汚い金なんてもう残っちゃいねえでしょう」
万治が過去を思い出すように目を閉じた。
「どういうことだ」
澄が問いかけた時、冬樹が一緒にきた友だちを連れて戻ってくる話し声が聞こえた。
万治が首を横に振った。
「じゃあ、俺はこれで」
「あ、万治さん」
帰ろうとする万治を呼び止め、礼を言うと、少し驚いたような顔になり、それから軽く手を振って去っていった。
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