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第15話

 レポートを終え、工学の新しい参考書を何となく見ているとアパートのインターホンが鳴った。  澄だろうと腰を上げる。先程、来ると言う連絡があった。時計を見て、連絡からずいぶん時間が経っていたことに気づく。 「遅かったな……」  この分なら泊まっていくつもりなのだろう。食事は一緒に作るとして、布団はどうするか。泊まるつもりだとは思わなかったので干していない。タンスくさい布団を澄は嫌がるだろう。  苦行に近いが同じ布団で寝ようか。  まだ、セックスまで持ち込めるほど澄とは進んでいないし、簡単に体だけ繋げるような関係にはなりたくなかった。  それでも、同じ布団に入ればどうしようもなくムラつくんだろうな。  冬樹はつんけんした恋人の顔を思い浮かべながら、玄関のカギを開けた。 「――え?」 * 「竜我さんの子なら、誰との子でもきっとかわいい。僕は、その子をきっと愛してる」  病床に伏し、呼吸が混じるような弱々しい声で、楠田は言った。  病院の個室。外には万治を警護につけてある。  一昨日の夜、様子を見に来た万治に、鼻血が止まらず洗面所で倒れているところを発見された楠田はそのまま入院となった。入院と言っても病院でできることは限られているようで……。  やっと目を覚ました楠田は急に、そんなことをつぶやいた。 「……俺の、ガキ?」 「急にごめん」  布団にずっぽり入って顔を隠す。  その布団の中に手を入れて、点滴の管がついている冷たい手を握った。温めるように密着させる。 「謝らなくていい」  楠田が顔を出した。  痩せているが、浮腫んでいて顔色が悪い。  目を閉じて深く呼吸をする。 「俺も、お前のガキなら、誰とのガキでも構わねえな」 「僕は、あなた以外に興味ない」 「……それは俺も同じだ」  楠田が目を開く。目尻に涙が溜まっていた。  ベッドにいる楠田を思い出すと、どうしようもなく腹が立つ。喉が裂けるほど叫んでも、胸の中で暴れ狂う感情を吐き出し切れない。  二十年以上経過した今でも、思い出せば痺れたように胸が痛む。  この痛みを生涯、忘れることはないだろう。  何せ、未だにもっとも憎む相手が生きているのだから。  万治への電話を切り、竜我は平野と共に居室を出た。

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