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第19話※G

 何が起きたのか、黙って逃げるわけにはいかなかった。冬樹を助けるには自分で動くしかない。  誰が親かなんて、今はどうでもいい。とにかく、冬樹の居場所が知りたかった。  澄を探しに人手が割かれているとなれば、本家はがら空きのはずだ。何かどこかに手がかりがないか、車を運転して探しに向かった。  そこで得たのは、結果的に、冬樹の情報ではない。  あれは、何だ。  車に取り付けられていたGPSで追いかけてきた万治に保護されて、無理やり町から連れ出された。  何を言っても何も答えてくれなった。  解放されたのは翌日の未明。  冬樹が無事保護されたと知り、無理を言って病室に入れてもらった。  あちこち傷だらけで、手に巻かれた包帯が痛々しかったが、眠る冬樹を見てどっと疲れが押し寄せ、彼の傍らで少し眠った。  本家での夢を見た。  裸に剥かれ、顔中血だらけの叔母が居間に転がっていた。体も酷く汚れ、近づくだけで悪臭がする。近くに人の気配を感じたのか叔母が動いた。切れた額から流れる血で濁った目がぎょろりと澄を見つめる。  途端にその目が弧を描いた。 『お、おかえり! おかえり!』  口元に笑みを浮かべいつものように歓喜に満ちた顔になる。ボロボロの体。動くと足の間からブッと音を立てて血と精液が吹き出て床を汚す。叔母はそれを全く気にしていないようだった。 『ぼうや。わ、わたしのぼうや』  ずりずりと這い寄ってきてにこにこと笑う。 『わ、わたしが、うんだ。わたしが』  どこにそんな力を秘めていたのか、叔母は澄の足を掴んで抱きついてきた。 『わた、わたしがりゅうと……』  そこまでいった後、澄の顔を見るや鬼のように目を怒らせ、激しく震え出し、血と混じってピンクになった泡が興奮した叔母の口から飛んだ。 『お、おまえのこどもじゃない……! あのこは、わたし、わたしと、りゅうの』  叔母はぐりっと目を剥き、爪痕がつくほど強く澄の足を掴み、数秒だけ屋敷に響き渡る声でゲラゲラと笑って……息絶えた。  彼女の台詞は最後まで常軌を逸していた。  だが、頭が変だとかそんな話では片付けられないような、そんな末期の台詞だった。  私のぼうや。私と“竜”と。“お前”の子どもじゃない。私と、竜の……。  お前とは誰なのか。そもそも、あの口ぶりでは竜我と叔母の子のように聞こえる。そんなわけはない。そんなこと、あるはずがない。  親について、そういえば万治が何か匂わせるようなことを言っていた。  目を覚ますと冬樹の声がした。  ハッとして飛び起きる。  意識を取り戻した冬樹が、困ったような、ほっとしたような顔でこちらを見ていた。 「あ……」  何をいえばいいのか分からなくなる。  巻き込んだことを謝らなければ。  だが、謝ってどうなる。  こんなことに巻き込んで、許してもらえるわけがない。今に追い返されるかもしれない。それなら、やはり、謝罪だけはしておかなければ、許されなくても……。 「澄」  冬樹に名前を呼ばれた。  いつの間にか下げていた顔を上げる。  冬樹は疲れた顔をしていた。 「……俺、お前の居場所、知らなくてよかったよ」 「え」 「知ってたら、爪一枚だって我慢できなかった……ごめん……」  冬樹が気まずそうに頭を下げた。  何も知らないのに、爪を剥がされ、指を潰されて。死ぬような目にあったというのにどうしてそんなことを謝れるのか。  出ていけ、顔も見たくない、と。  そういわれてもおかしくないのに。 「ごめん」  澄も謝った。涙が溢れてきて冬樹の顔が見えなくなる。 「ごめんっ……巻き込んで、ごめんなさい……生きてて、生きててよかった……本当に」  両手で涙をぬぐう。  冬樹が鼻をすすった。 「泣くなよ、俺だって泣きたいのに」  その声も涙で震えているようだった。  
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