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第4話

久しぶりの二日酔いに栄之進は頭を抱えていた。 母親にはだらしないと咎められるし、頭痛はやまない。 散々だと横になっているところへ、母親が部屋の前で自分を呼んだ。 「栄之進。これから叔母のところへ行って来ますからね。留守を頼みますよ」 夜まで中間(ちゅうげん)の太吉も居ないから、シャキッとして頂戴と皮肉を言う。 ※中間…使用人、小間使いのこと 「そうそう、悠之介殿が来られてるわ。こちらに通すわよ」 母親はそう言うと、悠之介を部屋に通し屋敷を出て行く。 「栄さん、大丈夫?あんなに飲むから…」 横になっていた栄之進は上半身を起こし、悠之介の方を向いた。 「朝よりはまだマシになったけどな」 手元に置いて居た水を飲みながら答える。 サワサワと、庭木の葉が風に吹かれる。 いつもならよく喋る悠之介が庭の方を向いてまま喋らない。 栄之進も言葉を発さずに、風の音と鳥の(さえず)りを聴いていた。 「栄さん、俺、長崎へ行くよ」 沈黙を破ったのは悠之介だった。 「…長崎?」 庭のほうを向いたままの悠之介の背中。 「以前から蘭学に興味があってさ。薬草を調べてるうちに行き着いたんだ」 蘭学を学ぶには長崎が良いと周りの評判を聞き、決意したと言う。 「…何で早く言わなかった」 栄之進は拳を握り、低い声で悠之介へ語りかける。 「言う機会がなかっただけだよ」 「お前は、昨日そんなそぶりを見せてなかったじゃないか!これからも隣人だと…」 栄之進は思わず立ち上がり、悠之介の方を掴み自分の方へ体を向けさせる。 「そうだけど…」 悠之介は手を少し震わせながら呟く。栄之進の顔を見ない様に、目を伏せていた。 震える手を栄之進は掴み、顔を近づけて唇を重ねた。 「…!」 驚いたのは悠之介だ。 「…お前からしたじゃないか。昨日、気づいてないと思っていたか」 「寝ていたはずだと…」 みるみるうちに悠之介の顔が赤くなる。 「お前が」 もう一度、口を重ねる。今度はお互い深く。 「いなくなるなんて」 気がつくと悠之介が涙を落としていた。 「どう考えたって無理なんだ。栄さんが隣で所帯を持つなんて、それを隣で見ているなんて、出来ないよ!でも栄さんは家を継ぐ。俺はどうやっても栄さんを繋ぎとめられない」 悠之介は絞り出す様な声をあげた。 泣きじゃくる悠之介の頭を優しくぽんぽんと栄之進は微笑みながら叩く。 「お前はいつまで経っても甘えん坊だな、そんな大きな図体をして」 だけど、と頭を撫でながら栄之進は微笑んだ。 「確かに今までのままではいられない。ならば」 最初で最後だ、と悠之介の涙を舌で舐めながら栄之進は帯の結び目を外してゆく。 「栄…」 再び口を塞がれて、悠之介はゆっくりと目を閉じた。

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