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第9話

「北川さん、フロアにこれ落ちてましたよ」 彰光が手にしたのは手袋のようなものだった。 椅子の奥に落ちていたのをたまたま見つけたのだ。 「何?あ、ありがとう。これ大切なものなんだ」 手袋のようなものは、弓道の道具の一つの(ゆがけ)だった。 「…これ、弓道の道具ですよね」 彰光が呟くと、北川が驚いて笑う。 「よく知ってるね。私は学生の頃から弓道しててね。 今でもたまに帰りに弓道場に行くんだ。彰光くんは弓道してたの?」 「…アーチェリーをやってます」 へぇ、と北川はふと思いつく。 「弓道場行ってみる?手ぶらでもできるから」 彰光が頷くと、北川は嬉しそうに微笑んだ。 北川は彰光から受け取った弽を見ながら語る。 「弽は行射の良し悪しに影響するんだ。長年使い込まれて射手の手になじんだら、 一生使えるくらいに」 弽は大切に扱うことが大事だから「カケ、変え」から「かけがえのない」 という言葉の由来になってるんだ、と話す。 話しながらも、ふと北川は既視感(デジャヴ)を感じた。 以前もこんな話をした気がする。 (誰にだ。誰に…) 彰光の顔を見ると怖いほどに北川の手元を見ていた。 そんなことがあったからだろうか。 その日はまたあの夢を見た。 弓道場で袴を履いた自分と、もう一人袴姿の背の高い男性が立っている。 その男性は(まさ)しく彰光だった。

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