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第10話
その日は珍しく勤務中に彰光がバーに来た。
閉店間際に来てカウンター席に座った彰光に北川は驚きつつも何を飲むか問う。
「グラスホッパーをください」
ペパーミントが入った、少し甘めのカクテルだ。
まだまだ子供だなあと笑いながら北川は準備をする。
もう二人以外は客もおらず、北川は看板の灯りを消した。
「お客さんとして初めてのカクテルだ。奢らせてもらうよ」
「あ、ありがとうございます…」
作りながらふと、夢の出来事を彰光に言ってみるかと思いついた。
夢に出てきた二人の姿をまだ鮮明に覚えているのだ。
出来上がったグラスホッパーを彰光の眼の前に置いて、夢の内容を話した。
「今回だけじゃなくて、もう数ヶ月この夢を見てる。お客は前世だろうとか言ってたな」
そんなことがあるわけない…と言いかけたときグラスホッパーを口にしていた彰光が
突然カウンターを拳で叩いた。
「ど、とうした?」
下を向いたままの彰光の顔は窺い知れない。
「どうして、思い出さないんですか」
絞り出すような小さな声で彰光は呟く。
「あの時の約束をどうして思い出さないッ…!」
カウンターをもう一度叩くと、彰光は顔を上げて北川を睨みつけた。
切れ長のその瞳が潤んでいる。
そしてカウンター越しに乱暴に北川にキスをした。
ギョッとして思わず顔を遠ざけるとますます、彰光の瞳から涙が溢れ出してきた。
何が起きたのか、何をしたら良いのか混乱している北川に彰光はその名を呼んだ。
栄之進 、と。
その名を聞いた時、北川は咄嗟に気づいた。
自分の名前だ。
そして頭にある名前が浮かぶ。
そしてカウンター越しにいる彰光に頭に浮かんだその名を呼んでみた
「…悠之介 」
彰光は涙で濡れた瞳を大きく見開いた。
北川自身も何故か胸が張り裂けそうな程になる。
(名前を呼んだだけなのに…何で)
そして北川は混乱する頭の片隅で、あることを思い出す。
交差点で目が合った時に感じたあの違和感。
誰だろうと思いながらすれ違った彰光は以前に見ていたのだ。
夢の中で。だから何処かであったことがあると思ったのだ。
「夢に出てきたのは、お前だったのか。この夢はなんなんだ?俺は誰なんだ」
思わず口にした北川の問いに彰光が答えた。
「お客さんの言う通りだよ。前の記憶さ。栄之進が北川さんの名前で、僕は悠之介」
「…」
信じないかもだけど、と言いながら無理して彰光は笑う。
直ぐに全部を思い出せとは言わない。けれど…
ポケットから彰光が取り出したのは弽だ。
それをみて北川は思い出す。
傷んでいた弽を心配して新調するように、伝えた。
かけがえのない、悠之介に。
あの時感じた既視感 は、栄之進 が放った言葉だったからだ。
目を見開いて彰光を見ると、カウンターから彰光の方へと駆け寄りその身体を抱き寄せた。
「悠之介…!」
気がつくと北川も涙を流していた。
二人は固く、固く抱き合った。
そして長い時間を取り戻すかのように、荒々しくキスをする。
まるでそれはあの時、最終で最後だと交わった時の夏の日のように。
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