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十三 栄司
人を好きになるというのは不安と期待のミックスジュースを嫌でも口にしないといけない状態のことかもしれない。
喉ごしの悪さを知っていても、空になったグラスにあたらしいものを注いでいる。
飲むことが癖になっている。
見てしまった会長の写真に目の前の恋人のことは信じられなくなった。
相対するのも本当は怖くてたまらない。
彼が知らない人になったような不安は絶望を呼んでくる。
同時にぜんぶが勘違いかもしれないと期待を捨て切れずにいた。
期待感が強ければ強いほど裏切られたらどうしようと不安も大きくなる。
混乱のままに逃げるのは簡単かもしれないが、避けて通れない。
好きだと思う気持ちが消えていないから不安と期待の混合物を俺は口にすることになる。
「えいじ」
かすれた声で呼ばれる名前が自分のものだと一瞬分からない。
それほど甘い。
たかが、声。
その響きで心が揺れる。
胸が締め付けられる。
抱きしめられて相手の体温を感じると不安の大部分が消し飛んでしまう。
そのお手軽さはどうにかならないものだろうか。
でも、俺よりも年上であるはずの目の前の相手が、どうしようもなく必死で真剣だからこそ心は動いてしまう。
彼から愛されていないかもしれないと思うなんてどうかしている。
そう思ってしまう。
彼から愛しか感じない。
これがウソならこの先なにも信じたくない。
離れた唇が名残惜しいと思いながら、抱きこまれて耳元で逡巡するような息遣いを感じる。
どんな言葉が彼からこぼれだしても彼を嫌えないし忘れられないだろうと思った。
「栄司を好きだとはいえ……クズもとい会長への憎しみが抑えられなかったのは……オレの精神的な未熟さが原因だ」
懺悔の言葉として重々しく語ってくれているところ悪いが、内容は頭にまったく入ってこなかった。彼が具体的に何を言いたいのかわからない。
どう反応するべきか悩んでいると「冬式委員長、もっと直接的な表現をしてください。さっぱり伝わりませんよ」といつもの調子を崩すことのない副会長。
さすがは空気を読まないと自分で言っているだけあって、黙って恋人同士を見守るという方向にいかない。
場所が自分の部屋だから主導権は自分にあるという意識でいるんだろう。
それは副会長らしいことだ。
俺たち二人だと料理が冷めきってもまだ話がまとまらない可能性があった。
いい助け舟だ。全力で乗っかることにする。
「……二股ってこと? それを謝ってるわけ?」
会長と付き合ったり、会長から俺のことを頼まれたわけではなく、精神的な浮気からの行動だと言われたら少し納得できる。
友人以上になる気はないとかで、会長のことはすでに諦めて、俺と付き合うことを選んだのかもしれない。
見た目が好きとか、行動を起こすつもりはなくても未練があるから写真を壁一面に貼った。
それなら浮気ではなく、アイドルのポスターを貼っているようなものだと思って許すべきだろう。
割り切れないのは俺のわがままだ。
似ていないと思ったが遠縁なので俺の顔のどこかのパーツが会長を思わせるのかもしれない。
会長と同一視されたことは一度もなかったけれど彼が心の中でどう思っていたのかはわからない。
何の理由もなしに俺を俺として愛してもらっていると信じるよりも現実的な気がした。
好かれる理由に自分ではない要素を考えなければならない。
それは惨めだが心構えは必要だ。
「……ちょっと待ってくれ。フタマタ? ネコマタ? なに、どういうこと。むしろ、副会長に尻を捧げる契約で栄司がここにいることが浮気だろって、違う。自分を正当化するために人を攻撃して話をずらすっていうクズ技法を使いたいわけじゃないんだ、マジで」
混乱しているのか後半は早口でまくしたてられて、結局よくわからなかった。
彼の拗ねた空気だけは把握したので背中をなでる。
「あのさ、……オレってどう思われてんの。栄司はどう思ったの、オレのこと」
真剣な目で見つめられて残酷なことを言うと奥歯をかみしめる。
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