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十六

 食器を洗って拭いて、バスケット型の籠の中に詰めていく。  普通のカバンは不衛生な気がしたので、お弁当を詰めるのに使う籠を持ってきた。  基本的に料理を食堂で摂る副会長の部屋に食器はない。  食材も調味料も全部が風紀委員長の部屋から移動させていた。  もしものためとして用意した着替えの洋服一式と台所セット、俺のお泊まりパックのようなものを見て彼は微妙な顔をする。    部屋に戻る気が薄かったことが透けて見えたのか仲直りが出来なかったら二人分の夕飯がどこに消えたのか考えているのか、遠い目をしている彼の心は読み取れない。 「そういえば副会長さんが、リビングがなんか変な感じだって言ってたんですけど、心当たりは?」 「あぁ……たぶん、アレ」 「どれ?」  つい副会長にするように詰め寄ってしまう。  視線をさまよわせながら歯切れ悪く彼は答えた。 「……その、カメラ的なもの、が、アリマス」 「盗撮ですか、そうですか」 「風紀委員長の部屋は防犯上とりつける決まりになってる、から……うん」  言いにくそうにしていることを考えると風紀の決まりとは別に追加でカメラの数を増やしていそうな気がする。  信用していないとかそういうことじゃなく自然とそうしてしまうんだろう。  与えられる愛が勘違いだとか身代わりにされているとかそういうことは思わない。そんなことを思えないほど愛情を注ぎこまれている。  俺のちょっとした動きにも敏感に反応する彼が俺を好きじゃないわけがない。  そう思うと口元がにやけてしまう。  彼に伝えるときに変な感じと濁したが副会長はハッキリと「不快です。なんだか居心地が悪く背筋がぞわっとするんで長居したくありません。さっさと私の部屋に行きましょう」と言っていた。    俺は慣れているからか全く感じない。  監視カメラといっても悪意があるものではないので、べつに気にならない。  会長ほどではないにしても副会長も盗撮嫌いなので第六感で感じるものがあるのかもしれない。  尻を出せば副会長とのツーショット写真ぐらい簡単に手に入ることを知らない人間は意外と多い。  ちなみに副会長の親衛隊はみんな自分の尻の横に副会長の顔がある写真を持っている。  一見すると尻教の教祖さまだが本人の嗜好はあくまでコレクター。  美尻しかゆるさないというわけじゃないのが、なかなか面白い。 「さて、帰りましょうか」  どこかビクビクと怯えたように俺をうかがう彼は自分の部屋のことを考えているんだろう。  俺も先ほどまでは考えるだけで憂鬱な気分になっていた。  だが彼の気持ちを知ってしまえば笑い話だ。    当たり前のように俺の荷物を持って部屋に忘れ物がないかチェックして、電気を消したり扉を開ける彼は紳士的な気がする。    会長は俺が遠縁で気心が知れているとか、そういったことを抜きにしても遠慮がない。  自分の嫌いな食べ物は俺に押しつけるし、好物がなければ自分の分が用意されていても食堂に行くし、洗濯をサボった靴下を履くのは余裕だ。    興味があること以外は基本的に大雑把。  同じように特定の部分で神経質でありながら大雑把な副会長は、何があっても会長を部屋に入れることがない。変人とはいえ不快な思いを自分からしにいくことはない。  副会長の部屋にある尻コレクション一覧を手にとって、好き勝手思いついたまま一方的にしゃべって、それにもすぐ飽きる。嫌な捨て台詞を残して、去っていく会長の姿が簡単に想像できる。  会長は後輩の趣味を平然とくだらないと言い切れる人間だ。  俺と風紀委員長である彼は他人のものにむやみやたらに触らないというのが常識だと思っている。だから、副会長は俺たちを自分の部屋に放って置いて食堂に行ける。    なんてことないことでも気がつくと信頼という言葉の重さを感じることができる。照れ臭い。  誰かを好きになって、誰かに好きになってもらうのは不安と同じだけ喜びもある。  相手からだけじゃない、周りの何気ない反応が嬉しい。 「副会長に鯛めしでもご馳走しなきゃだな」  部屋に戻って持ち出した荷物をキッチンや脱衣所に戻していると彼が言った。  当たり前に出てくる副会長への感謝の言葉に自分でも顔がゆるむのが分かる。 「俺もそう思ってた」  信じてくれた友人にお礼をしたい。  見ないことにして我慢していたらきっと今、俺は笑えなかった。  耐えることを愛と誤認して向き合わなかったら、自分自身も見失ったかもしれない。 「こんな、同じことを思ってくれる相手なんかいないのに……」  芽吹いた不安は雑草みたいなもので、放置すれば際限なく増え続けるだけなのに手を出すことを躊躇してしまう。本当の姿を見ることに怯えて失うなんてバカみたいだと分かっても一人じゃ動けなかった。 「次の休みに鯛を釣りに行きましょうね。副会長さんって魚拓も好きなんですよ。土鍋で炊いた鯛めしとセットで渡せば、よろこびすぎてバク転とかしますよ」 「あぁ、いっしょに行こう! ……、魚拓、も? ……も??」 「ほら……日常的に尻の形もコレクションしてるじゃないですか。えっと尻拓?」  何を思ったのか真面目な顔をした彼に正座をするように言われた。  よくわからないまま彼の正面で正座をした。 「この際だからきちんと聞いておきたい」 「はい、どうぞ」  うながすように手を向けて待つ。 「副会長におしりを見せつけてるのか」  真面目な顔をして何を言っているのかと首をかしげると「今まで副会長が栄司のおしりに触っているのを見たことはない。だから、ちゃんと聞いたりしなかった」なんて言い出した。    真面目な顔の彼を笑い飛ばせなかったのは、俺もたぶん似たような不安の中にいたからだ。  嫉妬よりも戸惑いと不安感に目の前は暗くなり何もかもが怖くなる。  相手の愛を信じ切って、盲目的でいればきっと楽だ。  けれど逆に変化を見落とすことになる。  自信のなさや不安があるからこそ、慎重になるし、気づかいが出来る気がする。 「俺の尻が変わりないか、確認します?」  誘うように彼の手を握ると大きくうなずかれた。  彼と俺の心臓の速度が同じなのだと考えると満たされていくものがある。  人を好きになることは苦しみだけじゃないからきっとやめられないんだろう。  俺を好きだと言っている瞳を見るのは幸せだと思った。

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