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番外編:敵が誰であっても負ける気はしない1-1 会長視点
人を好きになったことがあるかと聞かれて、否と答え続けていたのは随分と昔のことだ。
一枚の写真に心を奪われて、俺の世界は劇的に変わった。
写真が親戚筋の人間の作品だと知って、彼の家に押しかけ続けた。気づけば家族の一員のように親密になっていた。
そういう風に持っていった、というのが正しい言い方かもしれない。
栄司の成長記録として作品色の少ないただのアルバムを流し見る。
油のはじける音を聞きながら、幼い栄司のりんかくを指でなぞる。
同じ写真を何枚も持っている。けれど、いつ見ても俺の気持ちは平常心を失う。
「ホントうちの父親好きだよなー、どれだけ写真、見てんのさ」
「好きねえ? そうでもないけど、そうかもね。今日の夕飯はモツ煮込み?」
「全然違う。アジフライだって言ったじゃないか。ひとり二つだからね」
「三匹食べたいなー、食べたいなー。ねえ、えいじー、えいじぃ」
「二つ半な。……それ以上はダメだ」
栄司が自分の分をわけてくれるらしい。最終的に三枚分食べることができそうだ。
食堂の料理よりも栄司の料理がおいしいと思うのはきっと俺に合わせてくれるからだ。
海老フライなら五本は食べたいし、タルタルソースは多めに用意してほしい。
食堂でだって、好みを伝えれば寄せてはくれるだろうが面倒だ。
栄司は大体のことを仕方がないという一言で終わらせてくれる。
諦めなさそうなのは一つだけ。
でも、それは俺にとってどうでもいいことなので流している。
生きている上で重要視するべきものは、そう、いくつもない。
「栄司は会長に甘すぎる」
「そうでもないですよ……たぶん」
部屋の主である冬式が俺たちの会話に割り込んできた。
年々お兄ちゃんを尊敬する会の名誉会員という肩書を忘れる栄司は俺に対する扱いが雑だ。
最近では特に冬式至上主義的な言動を見せる。
そんなところもかわいいが、栄司のアジフライを俺にくれるぐらいのことを冬式におうかがいを立てなくてもいい。
俺と栄司の間で話が終わっているのに面倒な男だ。
「冬式が食べないっていうなら俺と栄司で分けるぞ?」
「なんでだよ、なにがだよ、どうしてそうなるんだよ」
「冬式がアジフライを喜んでなさそうだから?」
アジフライとキャベツの千切りをワンプレートにして栄司が持ってきた。
みそ汁の具は、なめこと豆腐とあぶらあげ。
俺のごはんは、お茶碗に半分以下で、冬式は山盛りいっぱいで、栄司の分はなし。
栄司は燃費がいいので、動いたら動いた分だけ食べる。今日はとくに動いていないので、白米はカット。なのだが、それを分からないらしい冬式は食べないのかと聞いている。
俺は揚げたてのアジフライをさっさと食べたいので、ひとりで「いただきます」とつぶやいてキャベツから口に入れる。
事前にゆず風味のさっぱりとしたドレッシングをかけられたキャベツ、その歯ごたえを楽しんだ後に肉厚のアジフライを何もかけずに食べる。それがベスト。
口の中が柑橘系の空間になっているので、フライにレモンをかける必要がない。
サクサクの触感を楽しむために最初に一口目はタルタルソースもつけない。
固めの衣の触感に反してアジのふわふわとした感触に目を細める。
冬式がまだ何かを言っているが耳には全く入ってこない。
気がつけばアジは消えていた。
胃袋が喜んでいることを実感しながら、ふたつ目はタルタルソースをかけて食べる。
ふたつ目とみそ汁、白米を均等に口にしつつ栄司の皿を見る。
レモンマヨネーズソースでさっぱりと食べている。
栄司は冬式のようにいつでも醤油オンリーという面白みのない人間ではない。
そのときどきでかけるものが違う。
塩とレモンなんかが多いが、俺と同じようにタルタルソースや中濃ソースやポン酢でも食べる。
手つかずのひとつをまるまる貰おうと思った、けれどレモンマヨネーズも気になったので栄司の食べかけをいただくことにする。
冬式が何やら騒いでいるが俺の知ったことではない。
栄司が仕方がないと言いたげに呆れた目で俺を見ているので悪いことはしていない。
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