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【3】『君をまってたんだ』
ぞくりとした。
錦は止めていた足を踏み出した。
少しだけ速度を上げて、車と男の間を通り過ぎようとしたその時、男の手が伸び冷たい感触が頬に広がる。
「な…?」
突然の事に驚いて、見上げると男が目の前で笑っていた。
頬に押し付けたのは、彼が飲んでいたコーラのペットボトルだ。
冷たい水滴が肌にしたたり落ちた。
「やぁ御機嫌よう。横型ランドセルとセーラーカラーの夏服がイケてるお嬢さん。今日は暑いね。良かったら乗ってかないかい?僕の車冷房ガンガンに効いてるよ?」
「…いきなり人の頬にペットボトル押し付けておいて何ですか」
「え?気持ちよくなかった?ごめんごめん。炭酸飲める?本当今日も暑いよねぇ。君をまってたんだ。早く車に乗ろう。」
「…もしかして、最近出没したという変質者か?」
暑い中ジュースを飲みながら子供を物色し、こうして手あたり次第声をかけているのかと眉をひそめる。
「人違いじゃないの?」
「言動からしてほぼ間違いないと判断されても文句は言えないぞ。俺からの助言は一つだ。自首しろ。」
「あぁ、あれか。そういえば、最近この辺りで子供が車に引きずり込まれかけたとかいう事件か。あれ?引きずり込まれたんだっけ?未遂?」
自販機で新たにジュースを購入し錦に笑顔を向ける。
学校で説明を受けた変質者と言われた男の外見とは異なる。男は、随分と若い見た目だ。二十歳前後くらいだろうか。――確かに、人違いかもしれない。
しかし、錦を待っていたと男は言う。つまり、この状況は誘拐だろうか。
先日受けた「夏休み前の心得」と言う道徳の授業を思い出す。
長期休暇で心身ともに開放的になった生徒が羽目を外し取り返しのつかない犯罪に巻き込まれる恐れがあるから、学校側が講じる自衛および防犯対策として、危険ドラッグや脱法ハーブ、家出、ナンパの危険性などを説き、特に家出は強制売春の被害に繋がりやすいと映像付きで生徒の警戒心を育て上げるのだ。
何を当たり前な事を言ってるんだと半ば白けた思いで、スクリーンに映し出される映像を眺めていた。
家柄の所為でこの手の誘いは慣れている。
騙されるほど馬鹿ではないが、他人事ではない。
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