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【5】羊を騙す狼の様な狡猾さ

「さぁ、僕と一緒に病院に行こう」 ―――『車に乗り誘拐されれば、性犯罪や殺人、暴行の被害者になる可能性が高く…。』 ナレーションと男の声が重なる。 男の顔を見つめ返すと、彼の頭上に輝く太陽が刺すように錦の瞳を攻撃する。 酷いめまいに足から崩れそうになる。 長時間太陽光の下を歩いていたせいか頭痛までし始めた。 「大丈夫?立ち眩みかな。」 肩に触れる手を払いのけ力を籠め男を睨みあげる。 目の前の男は笑みを浮かべたままだ。羊を騙す狼の様な狡猾さ。 しかし丁度良い。 男が錦を値踏みしたように、錦も男を値踏みする。 幸い明日から夏休みだ。 「そうか。御親切にどうも。」 錦はふら付く足を叱咤し車道側へ回り助手席へ乗り込んだ。 男は少し驚いたような顔をした。 拒まれると思っていたのだろう。 慌てたようにジュースのペットボトルを数本抱え運転席へ乗り込んだ。 「ダメだよ。こんな簡単に車に乗ったら。朝比奈 錦君。」 ランドセルを膝に置いてシートベルトを締めると男は笑いだす。 こんなに早く自分は誘拐犯ですとバラす気なのか。 そうしたら、俺はどうすれば良い。騙された振りをすべきだろう。 そうでなければ、狂言誘拐にされかねない。 「…母が病院に運ばれたと言ったじゃないか。病院に連れていってくれるんだろ。」 「はははは。そうだね。もう少し警戒した方が良いよ。こんな風にホイホイついてきて。ウホっよかったのかい?なんてねぇ。」 「母が病院へ運ばれたと言うのに駄々をこねた方が良いのか。変わった男だな。」 「いやそれはそれで困る。あ、これどうぞ。美味しいよ」 「甘い物は嫌いだ」 「贅沢言わないの」 「とろけるキャラメルプリン・スパークリングウォーター」なるものを差し出され、大人しく受け取ると今度は「知らない人から物をもらってはいけないよ」と茶化された。 知らない男の車に乗り込んだのだ。今更だろう。 一言礼だけ述べて、冷たいそれを口に含む。甘い物は苦手だが、ひどく喉が渇いていたのだ。微炭酸飲料と書かれている通り炭酸ガスの量は控えめで冷たく弾ける泡は、渇いた喉に心地よい刺激を与えてくれる。刺激の所為か甘みはあまり分からなかったからか、中々旨かった。

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