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【13】紐解いてしまった
不貞。
冷水をかけられたように、頭の芯が冷たくなる。
痙攣する胃を温める様に両腕で体を抱き喉からせり上がる吐き気を堪え、滲む床を睨む。
いつからだ。相手は誰なのだ。
茶室を知っている人物。
茶会の出席者だろうか、それとも身近な人物――家事使用人の可能性も考えられる。
否、もっと昔から、こうして逢引をしていたのなら錦の知らない誰かの可能性の方が高い。
朝比奈グループに関わる人間か。
脳裏に浮かぶ隔離された広間での淫靡な姿。嬉しそうな声。
もしかして、母の恋人かもしれない。
―――誰だ。分からない。しかし、どうして。
それならば父の事は、――俺のことは…そこまで考えてやめた。
憶測でしか、判断できないのだから何を考えても無駄だ。そう自身を納得させようとするが、体の震えは止まらず、また、次々と浮かんでは消える疑心を止めることなどできなかった。
母は何時もは和装だが時折洋装姿ででかける。
錦が帰宅したとき、母が留守なことが増えた。
化粧も髪型もいつもと違う出で立ちででかける夜もある。完璧な化粧と香水の香りを漂わせ、一体何処に出かけていたのだろうか。一つ疑問が生じれば、誘発するように次々とマイナス面へと疑心が生じる。
もしかしたら、友人と出かけているだけかもしれない。
朝日奈が経営している会社で用事があったのかもしれない。
しかし――、本当にそうなのだろうか。
分からない。
でも、今夜紐解いてしまった秘密を思えば分からない方が良いのかもしれない。
次の日の朝、母はいつも通り微笑みながら錦を学校へ送り出した。
何一つ変わらない、母の態度。
母はとても優しい。
ちゃんと愛されていると錦は再確認する。
優しい母、大好きな母。
それでも母が不貞をしていた事実だけは変えられない。
真実を知ることが怖いくせに、夜になれば錦は何度か母の寝室にそっと立ち寄る。
穏やかな寝息を立てているときもあれば、不在の時もある。
寝室の障子を開き外を見れば、どこにいるのか嫌でも知ることができる。
大抵は離れ座敷か茶室で事は行われていた。
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