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【14】精一杯の自己防衛
一般的に大人がどのような頻度で、何人の異性と褥を共にするのかは知らないが、錦が知る限り母は複数の男と関係を持っていたようだ。厳密にはわからない。相手の顔までは見えないが、ところどころ見える身体的な特徴で、同じ人物では無い事が分かった。
それでも、朝になれば錦にとって母はいつもの貞淑な笑顔を浮かべる女に見えた。
なにより邪険にされたこともない。
錦にとっては唯一自分に愛情を注いでくれる女なのだ。
寂しさ故の過ちかもしれない。必ず理由があるのに、錦にはわからない。
始めて目にしたときは、相手の男は恋人なのかと疑った。
しかし母の不貞は特定の相手に限らず複数の相手がいたならば、これは大人の遊びかもしれないという考えに行きついた。体だけと割り切っているのかもしれない。
それならば、心はきっと家族のところにあるはずだ。
そうでなければ、今こうして錦の母とし振る舞うことも帰宅する父を優しく迎えることなどできるはずはない。
きっと、世の中ではありがちな裏切り行為。
父が不在だから、母は寂しいのかもしれない。
父親が苦手な錦でさえ、父親を恋しく思う事が有るのに、妻である母が平気だと何故言い切れる。
だから、あの男たちは父の代わりなのだ。
それに錦からして母は母親としての役割を放棄しているわけではない。
母は大事な女だ。そんな女を一つの事実だけで、貶めることなどできるはずはない。
不貞を犯した母親を必死に弁護する。
そうすることにより、錦は愛されている子供だと理由を付ける。
愛されている証拠を一つ一つ並べながら、母の不貞に目をつぶる。
そう思わなくてはどうにかなりそうだ。
そして自身の中で真実を捻じ曲げていく。
結局俺は、自分が愛されていると思いたいが為に、大事な物から目を背けているのだ。
そう分かってはいたが、あえて瞳を閉じた。
幼い子供にできる、精一杯の自己防衛だった。
父から見放された錦を同情を綯い交ぜにした優しい母の関心が薄れて行く事が何より怖かった。そうすれば、自分は父だけではなく母にとっても価値のない子供になる。
本当の意味で、不必要な子供になる。
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