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【17】魔が差したとしか言いようがない。

「標高は高くないけど山頂だから結構涼しいよ。海に面してるから景色も良い。きっと君も気に入ると思う。」 車から降りて、海岸方面を眺めていると気に入った?と笑顔で覗きこまれる。 見晴らしの良い丘の上、遥か下に見える海。 繰り返す日常生活では決して出会えない光景に、はっと夢から覚めた気分になった。 誘拐犯についてきた事実を振り返り、自分が何をしているのか改めて思い知る。 今まで同じように、見知らぬ大人に声を掛けられたことも、強引に攫われたことだってある。それでも、こんな風に自らの足で彼らの後をついて行ったことは無い。 平素であれば自分自身の行動かと思わずにはいられない軽はずみな行動だ。 正気とは思えない。 魔が差したとしか言いようがない。 理性がお前はおかしいと批判する。 しかし響く警告に敢えて耳をふさぎ、今更後悔するのは馬鹿げていると思いなおす。 知りたいと抗い難い感情に流された。 ぼんやりと、昨日の夜の出来事を思い出す。 昨日だけではない。 何度も見た。 あの屋敷で夜なにが起こっているのか。 後継者候補の価値を失った俺は、彼らの子供という事実だけでは必要とされていない。 それでも、母の関心はあったんだ。 きっと、愛してくれていたんだ。 今もそうとは自信を持ち言うことなどできないけれど、それでも積み重なる思慕。 積み重なりながらも薄まっていく家族への信頼。 遠い、父の存在。疑念が生じるのに諦めきれない愛情。 男の誘いに胸の奥で燻る不安と不満が、何事もなく過ごしていた自身の表層へと顔を出す。 逃げ出したかった。 同時に、確かめたかったのだ。 確かに軽はずみな行動だ。 でも必要な一つの転機だとも思った。 知りたいと言う強い渇望があった。 あの、雨の夜のように、知らない方が良い事実を知ってしまうかも知れない。 もしかしたら、ここでこの男に無惨に殺されるかもしれない。

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