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【21】『初体験いただきました』
鞄を足元に置いてソファに腰かけると、食欲は無いのに空腹感と疲れを感じた。男は伸びをして、リビングと繋がったダイニングキッチンへ行き冷蔵庫を開けた。
「炎天下の中帰宅している君を連れてくるんだから冷たい物いっぱい用意してるんだ。アイス食べる?何が好き?」
「…。甘い物は好きじゃない。」
「キャラメルとクッキーの奴しかないや。ごめん。ごめん。僕の好物なんだぁ。ジュースいる?あ、ゼリー も冷やしてあるよ。フルーツがゴロゴロ入ってるやつ。」
「茶」
「OK。コーラね]
「水」
「冷たいジュースに氷入れる派?入れない派?僕は入れる方」
「任せる」
人に意見を求めながらも一切要望を聞くつもりはないようだ。男は機嫌よく笑いながらグラスに氷とジュースを注ぎガラス製のテーブルに置いた。
「なんだこの砂糖醤油は。」
「コーラだってば。」
「甘い。喉がバチバチする。毒物かこれは。」
「コーラだってば。炭酸嫌いなの?」
「飲まないだけだ。慣れの問題だろう。始めて飲むが不味い。」
「初体験いただきました。」
「訳が分からない。」
男に対し小馬鹿にしたような顔を見せるが、彼は気分を害したようでもなく笑顔を崩さない。カラリと氷の音を鳴らしながら旨そうにコーラを煽る。余程喉が渇いていたのだろう。あっと言う間にグラスを空にして満足げにため息をひとつ。ほとんど中身が減っていない錦を見やりシャワーを薦めてきた。
「汗かいて気持ち悪いだろ」
「そうくるか」
「ん?」
誘拐先で一度入浴をしたことがある。
自分から希望したわけではなく、誘拐犯から勧められたのだ。
勿論善意ではない。
逃亡を防ぐため、シャワーを浴びている間に衣類を隠す事が目的なのだ。
因みに錦は堂々と全裸で誘拐犯の前に出た。「隠さないといけないような体はしていない。俺の裸が見たいなら見るが良い。」そう言い放った子供を誘拐犯は実に嫌そうな顔をしていた。今思うと色々と無茶しやがってとあの頃の自分に言いたい。
「着替えが無いのにシャワーだと。全裸にして逃亡を防ぐためか。安心しろ。俺は逃げない。」
「着替えた方が良くない?制服のままだと汚れたりしたら大変じゃんか。」
「着替えが無い。小さな頃ならまだしも今の俺に全裸は恥ずかしい」
「今も小さいだろ」
子供の頃なら、誘拐犯の前でも全裸になって見せたものだが。
10歳にもなれば羞恥心が芽生える。大学生程度の年齢の男の前で全裸はさすがに恥ずかしい。
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