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【26】『身代金の要求はいつするんだ。』

「錦君、ご飯食べようか。」 準備ができたと声を掛けられ、男と向かい合いに座り遅い朝食を二人で摂る。 サラダ、ベーコンとプレーンオムレツ、昨日の夕食にも出された南瓜のポタージュにテーブルロール。カットしたキウイフルーツとオレンジ。 「残り物でごめんね。」 スープスプーンを手にした錦を見ながら男は申し訳なさそうに言う。 「問題ない。濁りスープはめったに飲まないから嬉しいぞ。」 「濁りスープ…響きがどうもね。ポタージュ・リエって言おうよ。」 あ、なんか。ホステスみたいな名前だね。ははは。と、快活に笑う男を無視してスープを口に運ぶ。ポタ―ジュ特有の濃厚な味ではなく淡く優しい口当たりだ。パン籠にはクロワッサンとテーブルロール、オレンジがふんだんに練りこまれたミニ食パンが綺麗に盛られている。 「生活費はどこから捻出している。」 毎日、男はキッチンで料理している。 弁当や冷凍食品、インスタント食品が食卓に並ぶことは無い。 目の前のパンも毎日違う種類を、2、3種類は食卓に出してくる。 「は?」 クロワッサンを千切る手を止め、目を丸くした男が錦をまじまじと見た。 「身代金の要求はいつするんだ。」 男の指先を見つめた。白くて長い指だ。 千切ったパンを唇に放り咀嚼しながら 滑らかな動きで、フォークを使いオムレツを掬う。 「朝比奈家なら多額の身代金を要求できると踏んだんだろ。」 言葉にしながらも、引っ掛かりばかり覚える。 この男は最初から違和感しか感じないのだ。 金や性といった目的が見えない。本当にこれは誘拐なのかと不思議にさえ感じた。 誘拐犯特有の緊張感が無い。 まだ二週間だから何とも言えないが要求も、何もない。

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