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【27】『俺は幾の価値がある?』
「俺は幾の価値がある?」
「君が最初にお金に困っているようには見えない言ってなかった?」
「確かに。言ったな。仲間らしき人間もいない。身代金要求もしない。何のための誘拐だ?それとも、もう少ししたら何か要求でもするのか」
目的が分からないと不気味ですらある。
「いやな子供だな」
「我ながらそう思うよ。」
「子供らしくないなぁ」
男はトングを手にしパン籠からミニ食パンを取りあげると、錦の目の前にあったプレートに乗せる。
「期待に添えなくて悪いが、泣きわめいた方が良かったか」
「困るなぁ」
正直パンは苦手なのだが、練り込まれたオレンジの芳醇な香りと、しっとりとした食感は飲み込むのが惜しいと感じる程だ。紅茶を一口含み、言葉を続けた。
「目的は?金じゃないのか」
「違うよ」
「俺の家族が目的か?」
「どう思う?」
後継者争いの可能性は外し、ある可能性を口にする。
「報復か?」
「へぇ、どうしてそう思った?」
「自分がどんな家柄の人間かある程度理解できている。恨みを買うこともあるだろ」
「ふふ。それも外れ。」
「お前、俺の名前を知っていたな。」
制服に付いているネームには苗字しか記されていない。
「うん。朝比奈 錦くん。」
「なぜ俺だったんだ?」
「可愛かったから」
「脳外科へ行け。MRI撮ってもらえ。」
「君結構失礼だなぁ」
「朝比奈が関係しているんだろう?」
「可愛いからって言っても信用してもらえないし。どういえば信用してもらえるのかな。」
「そんなふざけた理由信用できるか。」
「君は誘拐犯に気に入られた。」
噛んで含める様に言い、ふっと笑い首をかしげる。
「僕は君をさらった。」
白い指が優雅な動きで、テーブルロールを千切りその断面にジャムを塗る。錦はその動きに見とれた。
「だからお家じゃなくて、この別荘で夏休みを過ごしている。これは変わりない事実なんだから。何のためにとか聞いて意味あるの?」
「目的が不明だと不気味なだけだ。お前のしたいことが分からない」
そこまで口にし、ふいに母の顔がよぎる。もしかして彼は母の浮気相手の一人か、その親族と言う可能はないか。大学生程度の年齢であれば、前者より後者の可能性の方が濃厚だ。しかし、もし真実で有ったとして素直に認めるだろうか。それ以前に、彼自身の不名誉な疑いのみで済んだら逆に錦は墓穴を掘る恐れがある。
流石に可能性だけで痴情の縺れを口にすることは躊躇われた。
――これが小学生の思考かと思うと我ながら不健全さに辟易した。
加えて可愛げのない嫌な子供だ。男は目を伏せて、ティーカップに唇を寄せる。
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