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【29】好きなのに同じ空間にいると胸が苦しくなる。
「では―――朝比奈家は何故沈黙しているんだ。」
「やだなぁ。錦君合意の上じゃん。合意ってエロいよね。」
「お前の冗談は面白くない。」
男は飛び切りの秘密を教える様に「錦君、好きなのを選んで」と囁く。
「1番。錦君と僕が駆け落ちしたと思い様子を窺っている。2番。警察沙汰にしたくないので、朝比奈は動いているけど僕と錦君のラブラブ生活を見て回れ右して帰った。3番。誰も気が付かない。」
「1は却下だ。2もダメだな。3だな。仕事で留守なんだろう。きっと長期出張だろう。良くあることだ。夏休みは始まったばかりだ。問題ない。」
「まぁ、錦君が居なくなったことを知っていたら、こんな風に優雅な生活は無理かな。大事な一人息子が居なくなったのに放置プレーは流石に考えられないからね。」
「そうだな。」
「へえ。大事にされているんだ。箱入りな感じはするけどね。」
含みのある言葉を見知らぬ男に言われて腹が立った。当たり前だと言いかけ、やめた。
当たり前なのか、錦にはわからないからだ。
「お父さんとお母さん好き?」
「当たり前だ。母はとても優しいし」
「ん?」
「父も凄く優しい。」
「ふぅん。立派な家に優しい両親。良いねぇ」
何処か意地悪な口調。男は笑顔のまま続きを促す。
相変わらず優しい笑顔なのに無言の圧力に射竦められる。
「どっちが好き?」
「両方だ。二人とも俺を愛してくれてる。俺も同じだ」
「如何言う所が好き?」
「家族だと言うだけで無条件に愛するものだろう。」
どういう言う所が好きかだなんて。上手く答える事は出来なかった。
父は滅多に会えないし、会えたとしても彼は俺を見ない。
母も、同様だ。両親と錦との間には愛情の希薄さが溝となり、横たわっている。
どうすれば良いか分からない。彼らが理解できない。
好きなのに同じ空間にいると胸が苦しくなる。
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