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【44】彼が誘拐犯でなくなれば
「あー、成程ねぇ。んー…多分君が心配している様なことじゃないと思うよ。君って、やっぱり自分の事良く分かっていないんだね。」
「もう良い。」
彼女たちと目が合ったので、少し睨んでやると気まずそうに目をそらされた。
「じゃぁさ、君と僕が仲良くしている姿が目撃されたら、君と合意の上で夏休みを過ごしたってことになるかも。ってことで錦君。あーん」
「あ?」
男が蓮根の天婦羅を錦へと差し出す。
「何がしたいどういうつもりだ。」
「いや、仲良しな姿を色んな人に目撃してもらおうかと。蓮根嫌い?」
「は、恥ずかしいだろうが。」
「ここで、断られたら僕は恥ずかしいけど。」
「や、でも…目立つ方が良くない。」
「僕に恥をかかせるの。」
「…うん」
少し身を乗り出し、おずおずと差し出された天婦羅に齧りつく。
男は笑顔を浮かべる。何かお返しをした方が良いのだろうか。
視線を落とすが、潰された梅干しと饂飩しかない。
「…俺もお返しした方が良いのか?この場合、饂飩なのか?梅干しなのか?」
「じゃぁ、キスして」
「聞いた俺が馬鹿だった。要らないならいらないと言え。」
「いや、お礼と言ったらキスじゃん。」
男は蕎麦を食べ終えサイドメニューの皿を引き寄せた。
細身の癖に意外によく食べるのだ。
ほぼ同時に食べ終え返却口にトレーを返し男に手を引かれフードコートを後にした。
気のせいか、やけに人に見られている気がする。
他人の視線に過敏になっているのだろうか。
しかし、すれ違った女性二人組が「ねえあれ見て。」と話しかけるのが聞こえる。
そして、こちらを見てはしゃいだような声を上げる。
明らかに、男を見ていた。
「やはりテレビで情報公開されたのか…。会話の内容は『あの人誘拐犯に似ていない?』とかだろう。」
誘拐犯に似ていると言う理由で、はしゃぐかは不明だが他に理由が思い浮かばない。
「じゃぁ、もっと仲良くしようか。」
「…分かった。」
もしも誘拐とされなければ――夏休みが終わっても男とまた会えるかもしれない。
彼が誘拐犯でなくなれば――そこまで考え、錦は自身が分からなくなる。
ついてきたことを後悔し始めていた。
その理由がこんな得体の知れない男を心配しているだなんて、馬鹿げている。
店内の休息所にテレビが有り、思わず立ち止まる。
相変わらず交通事故と海難事故、放火に強盗殺人事件ばかりだ。
暫く立ち止まって見ていたが最後までニュースは誘拐事件には触れていない。
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