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【52】何でも君の言う事を聞きたくなる
「そろそろ、ご飯食べに行こうか。ほらほら、錦君。予約時間に遅れちゃうよ。帰りにまたここを通ろう。月が出て綺麗だと思うよ。」
別荘の窓から、夜の海に浮かぶ月を見た事が有る。
真っ白に輝く月は、朝に見る海や、青に沈む夕焼けに負けないくらいに 美しかった。
その月を窓越しではなく男と一緒に見るのだ。
海の上に浮かぶ月と、隣に並ぶ優しい笑顔。
想像し頭の芯が恍惚に溶ける。背中を撫でていた手が、頭へと戻る。
「…やだ。キャンセルしてくれ。俺はあと一時間ほどこのままでいたい。」
男の手が丸い頭のラインを確認するように動く。
髪の毛越しに感じる人肌。
「糞可愛いこと言わないでよ。何でも君の言う事を聞きたくなるじゃないか。僕がダメ人間になる前に車に乗ろう。」
「おい、誰が撫でるのを止めて良いと言った。」
「はははは。やっぱりあれだ。猫みたいじゃなくて、君は偉そうな猫だね。決定だ。」
「馬鹿にするな。それより撫でろ。」
「別荘に戻ったらゆっくり可愛がってあげるから。ね?ご飯食べに行こう。」
思わず舌打ちした。
もう少し男とこうして居たかったが、店の予約をしているのだから仕方がない。
渋々と男の体から離れる。
「今、舌打ちしたろ。」
「していない。」
別荘に戻っても男が何もしなかったら嘘つきと糾弾してやろう。
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