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【55】頭の芯を溶かしていく

柔らかな髪を男の指が弄ぶ。 瞳を閉じ男の手を堪能しているとそっと抱き込まれた。 柔軟剤か香水か分からないが、相変わらず石鹸に似た良い香りがする。 膝を立て開いた男の足の間に座り込んで胸に頭を預ける。抱かれた腕の中で時折小さく体を蠢かせながら、大人しく愛撫される姿は猫そのものだ。 男は笑う。後頭部を包む大きな手の心地よさに吐息が震える。以前の自分では想像もできない他人との距離感だ。 胸に頬を擦り付け、肌を上気させてうっとりと男を見上げる。 強烈な陶酔感が頭の芯を溶かしていく。 「そんな目で見ないで。」 どんな目だというのだ。 錦は男を見つめたまま瞬きをすると困ったように笑う。 「無意識かよ、怖い子供だなぁ。」 意味が分からない。 つけっぱなしのテレビから今日も同じようなニュースしか流れない。 誘拐事件のニュースが無い事にほっとする。 夏休みはあと一週間で終わる。 「ほら、錦君。」 男は頭を撫でるのを止め、錦を足の間に置いたまま小さな紙箱を目の前にかざす。蓋を開ければガーゼのハンカチが数枚入っている。 首を傾げた錦に男はハンカチで貝殻を包むようにと笑う。 成程。貝殻の縁が欠けてはいけないから気を利かせたのだ。礼を言い箱を受け取る。 貝殻を丁寧に包み箱に収めていると邪魔をしたいのか手伝いたいのか、背後から手が伸びて来て錦の手に重なる。 悪戯するように、手の甲をくすぐり指を絡めて握りこんでくる。 先ほどの続きかな、そう考えた。 普段男はもっと時間をかけて錦を甘やかすのだ。 仰け反る様にして、男の胸元に旋毛を押し付ける。 錦の要求を汲んだ男なら分かるだろう。 期待通り男の手は貝殻をもつ手を離し錦を抱きなおす。 「他の貝もちゃんと包まないとダメだよ。」 頬に頬を押し当てる様にして囁いた。 言われなくてもわかっている。 しかし次のセリフで錦の手は止まる。 「持って帰るのに欠けたらいけないだろ?」 食事のメニューを話す気軽さで、そんな事を言った。 頭が白くなり、両手が強張る。 「宿題そろそろしないと流石に不味いだろ。」 完全に動きを止めた錦の手から、ガーゼに包まれた貝殻を取り上げて箱に詰めていく。 スノードームはどうしようかと男は錦に聞いて来るが、返事が出来なかった。

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