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【56】完単に手放せる気軽さ
「俺は賢いから一日あればすべての課題は終わる。」
「そういう意味じゃないの。――分かってるだろ?」
貝殻を包んだガーゼの塊がすっかり箱に収まり、隙間にスノードームを置くと男は蓋をした。
「――お前の名前と連絡先を教えてくれ。親にはお前の家に遊びに行っていたと話す必要がある。そうだ。それが互いにとってベストな方法だ。」
夏が終わっても男と会える方法は無い物かと錦は考える。
現実問題として、このまま別荘で男と過ごす事は出来ない。
帰りたくないが、帰るべきだろう。
朝比奈と警察が終わらす前に、自分で夏休みを終わらせるのだ。
この男を誘拐犯にしなければ。
もしかしたら、また一緒に過ごせるかもしれない。
そして次の初夏に男とハマヒルガオを見るのだ。
しかし、幼い願いはあっさりと拒絶される。
「僕、誘拐犯なんだけど?」
淡々とした物言いに錦はショックを受けながらも、平気な振りをする。
「見逃しても良い。退屈だから遊んでほしかっただけだ。」
「さすが錦君。とても小学四年生の子供とは思えない発言だ。君が女なら惚れてる。」
「そういう時は俺ではなく自分の性別を否定するものだ。」
「君が女の方が可愛いよ。」
陽気に笑う男に胸が苦しくなった。
未練の欠片もない笑顔。
特別だと思わせるほどの甘さで大事にしながらも、完単に手放せる気軽さ。
重く胸に沈む失望に錦だけが男に執着していると思い知らされる。
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