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【57】きっと、もう会えない
男と過ごした日々の出来事は何もかもが初めてで輝いていた。
しかし、男からしたら紙一枚程度の比重すらないのだ。
優しくされて浮かれていた自分が馬鹿だったのだ。
それでも、男の与える水は甘くて堪らなかった。
「話を逸らすな。俺は、長くて退屈で一人で家で過ごす夏休みが憂鬱で大嫌いだった。だから、友人の家に転がり込んでいた。それだけだ。」
友人という単語に強烈な違和感があるが、他にどう表現すれば良いのか分からない。
「そういえば、君。プライベートで一緒に過ごす友人は居ないの?」
「居ない。必要性を感じない。」
「夏休み友達と遊びたいとか考えなかったの?」
「考えていない。余計に退屈だ。」
男の問いかけに即答する。
友人とは教室内だけの付き合いだ。
不自由を感じたことが無いので問題ないのだが、ふぅんと、男は首をかしげる。
錦は焦りだした。
このままでは、男と過ごす時間が終わる。
「帰りたくないの?」
「帰らないといけないのは理解している。帰るべきだと思ってる。でも、まだ、帰りたくない。 」
帰りたくない――いや、違う。
男と過ごした夏休みの終わりが寂しいのは、真実だ。
しかし、苦痛にも似た感情の根底にあるのは男と離れる事なのだ。
きっと、もう会えない。
名前も年齢も住んでいる場所も何も知らない。
何時か話したクラゲのように、何時か歩いた砂浜の足跡みたいに、簡単に消えてなくなるという喪失感に体の芯が冷たくなる。
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