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【58】『嘘だって知ってたくせに。』

「帰りたくないじゃなくて、そういうのは離れたくないって言うんだよ。」 「…言ったら、それが現実になるのか」 「流れ的にベッドインかな。濡れ濡れエロルート行き。」 腹のあたりに手が這いまわる。 錦は男の手に手を重ね爪を立てた。 「じゃぁ、それで良い。」 「意味分かってる?」 「多分お前が厭らしい事をするくらいかと。俺は子供だから大したことは出来ないと高をくくっている。」 「フラグ回避できていないぜ錦君。前にも言ったけど、君驚くほど無防備に挑発するよね。」 「…すれば、一緒にいられるのか。良いぞ別に。」 「無理」 肯定されたらきっと困るのだろうけど、即答され悄然とうなだれる。 男は錦の体から離した腕を後ろ手につき体を支える。 「無理とはすることがか?それとも一緒にいることが?」 男へと向き直り睨むと、おどけた様に肩をすくめた。 「おいおい、落ち着きなさい。」 「…。身代金とってどこか遠くへ行くのは?」 「やけくそだな。ところで君、なんで誘拐されたの?」 「母親が倒れたからだろ。」 「嘘だって知ってたくせに。何で夏休み友達と遊ぶことも考えていない君が赤の他人と一緒に過ごそうと考えたの?」 「…全部嘘だ。」 「うん?」 「俺が話した、父と母の話。全部、嘘なんだ」 「優しくて君を大事にしてくれるお父さんとお母さん?」 なぜこんな話をしているのだろう。 「…お前が言う様にコミュニケーションが取れていない。いいや、それ以前の問題だな」 こんな情けない自分を、何故この男に打ち明けようとしているのだろう。 口を開けば、堰を切ったかのように言葉があふれる。 「多分、誘拐されたときの両親の慌てふためく姿をどこかで期待していたんだ。クソガキの下らない行動だ。始めから俺の中で答えなんか出ていたのに。もしかしたらって考えたんだ。世間体があるし、俺の年齢で見捨てられることは無いだろう。でも、本当に心配してくれるのか、それとも手間のかかる面倒くさい子供って見下されるのか見たかったんだ。…何をしてるのだろうな。」 「もし、望んでいない答えが出たら?」 「それでも良かった。」 「ん?」 「彼らの子供としての価値なら、理解できてる。だから、どちらかと言えば、その『望んでいない答え』の方が答えだってわかってたから。正直に言えば最初から諦めていた。昔から諦めてるくせに、やっぱりどこかで期待していたんだ。関心が無くて、俺だけがあの人たちが好きだから苦しくて寂しい。だから終わらせたかったんだ。とどめを刺してほしかった、俺の中で決着をつけたかったんだ。――俺には価値が無いって理解できていても、納得できていなかったのかな…。もっと分かりやすい形で答えが欲しかったんだ。」 諦めていることが前提で有れば、どんな答えでも失望もしなければ傷付くこともない。 安全圏で一人遊びをしていたに過ぎない。 淡々と話す錦の髪を男は弄ぶ。

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