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【59】掛け替えのない誰かなら、もう出逢っている。

「やっぱりねぇ。人懐っこさの欠片も無くて警戒心だって強かったのに。なんであんなに投げやりで無防備なんだろうって不思議だったんだけど。君は父にも母にも見向きされないって思ってるから、僕にこんなに懐いてたんだな。僕じゃなくても君は大人に優しくされたら同じ答えを出すんじゃないかな。」 違うと言いかけたが、否定しきれなかった。 この男じゃない誰かが同じように日常から錦を連れ去り、手の中に閉じ込めて大切に温めたなら、今のように離れがたいと思っていたのではないか。 「――でも、俺に優しくしてくれたのはお前じゃないか。それなのに、存在しない他の誰かなんて何の意味がある。」 「僕の言いたい事はね、君が何で僕に懐いたかってところだ。自分を大事に扱って、優しく接する相手を嫌いにはならないだろう?自分を受け入れてくれる相手に好意を抱かない人はいない。君が優しくすれば周りも優しくなるからさ。君の親の事は分からないけど、 友達ならたくさん作れるだろう?次の夏休みは、誘拐犯じゃなくて友達と過ごしなさい。」 男にはわからないのだろうか。 敢て気付かない振りをしているのだろうか。 「欲しいなら同じものを最初に与えてごらん。君は優しいし綺麗だし、良い子だから、きっと、君の周囲には人が集まるよ。そうすれば、掛け替えのない誰かとも出会えるかもしれない。」 掛け替えのない誰かなら、もう出逢っている。 「友人関係には満足している。お前に口出されるような問題じゃない。」 男は「やだ反抗期?」と笑うだけでそれ以上は何も言わなかった。

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