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出逢い編その1(輝side)
【注意】
殺人、流血表現有り
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郊外に在る現代にはおよそ似つかわしくない周藤家の屋敷には、自らを高級品で飾り立てた中年の男女と、1人の少年と、使用人らしき年配の男らと、様々な年齢の女が居た。中年の男女は言わずもがな、周藤家の主人とその妻である。少年は夫婦の一人息子で、今は私立の高校に通っている。先程「使用人らしき」と言ったが、残りの者は皆周藤家で働くれっきとした使用人だ。
使用人らは夫婦に見下されながらも周藤一家の為に、或いは自分の金の為にせっせと働き、夫婦は主人の正当な給料と不当な"謝礼金"と死んだ両親から受け継いだ遺産で豪遊し、少年はそんな夫婦に反抗しながらも夫婦の欲の為にと厳しい教育を受けている。それが周藤の屋敷の平凡な日常だった。
その日常はたった1人の、それも少年と5つも変わらないであろう歳の若い男によって、いとも呆気なく終わりを告げた。
ガシャーン
パリン
ドサッ
「ヒッ……」
「キャーーーー」
秋になったというのに、夏と変わらない程暑い日曜日だった。白昼堂々、玄関の呼び鈴を鳴らして入ってきた男が、次々と屋敷内にいる人間の命を奪う。少年__輝は咄嗟に自室のクローゼットに身を隠した。広い自宅の何処かから聞こえる悲鳴と何かをひっくり返すような物音に怯え、耳を塞いできつく目を閉じ、ただひたすらに震えた。真っ暗闇の中、どうか見つかりませんように、助かりますようにとそれだけを祈りながら身体を小さくして息を潜める。
暫くじっと耐えていると、やがて悲鳴も物音も消えた。それから更に約2時間、輝にとっては丸一晩に感じるような長い時間クローゼットに篭り続けた。
やっとクローゼットから出てきた時、まだ外は明るく、窓からは清々しい青空が見えていた。輝は父親に貰った、切れるかどうかも怪しいガラクタの短刀を握り締めて恐る恐る自室を出る。廊下にも、空いた扉から見える室内にも見知った顔の死体が転がっていた。当然その周辺は真っ赤に染まっている。
「お……父様? お母様?」
夫婦を呼ぶ声は震えていてとてもか細い。夫婦は揃ってリビングルームで冷たくなっていた。その他に何人かの使用人も周辺に横たわっている。輝は充満する血の臭いと緊張で吐きそうになり、我慢しようと短刀を握る手に更に力が入った。
「死んで……る? みんな……」
「あ、居た」
「ひぃっ!?」
リビングルームの入り口の方から男の声が聞こえ、輝は慌てて振り返り、鞘に納まったままの短刀を構えた。男は手に何か細くて短い棒を持っている。だが不思議と輝には今まで程の恐怖は無かった。何故なら、今輝の目の前に立っているのは「輝の両親を殺してくれた男」だ。
輝は両親が嫌いだった。いつも偉そうにしていて使用人を見下して遊び呆けるくせに、輝には勉強しろだの絵やピアノで賞を取れだの将来は良いとこの娘を嫁に貰って自分らを幸せにしろだの言う口喧しい所が嫌だった。輝の全部を自分達の言いなりにして、友達だって好きに作らせなかった。習い事と勉強ばかりで同級生のように遊ぶ事も許されなかった。
だから動かない両親の死体を見た時、恐ろしさと同時にやっと自由になれるという喜びが輝の中に生まれた。例えそれが一瞬、ほんの束の間の自由であっても。できれば、その自由が長く続いてほしい。その為には目の前の男をどうにかしなくては……そう思った輝は短刀の鞘を抜き、ゆっくりと深呼吸してから男と目を合わせた。
「…………」
「…………」
緊迫した空気の中、お互いに無言のまま向き合っている。男は1歩ずつ輝に近寄り、輝はそれに合わせて1歩ずつ後ろに下がる。そしてとうとう輝の背中は壁に当たった。
「ッ!?」
輝が目を逸した隙を男は逃さなかった。一気に距離を縮めて輝の右の二の腕を掴む。
(やばい、死んだ)
輝は咄嗟に顔を背け、きつく目を閉じた。しかしいつまで経っても痛みは感じない。閉じた恐る恐る目を開けると男の顔が輝の視界いっぱいに広がった。輝は目一杯男を睨みつける。男はじっと輝を見据えて口を開いた。
「抱きたい」
「……は?」
思いもよらぬ男の言葉に、輝の口から思わず脱力した声が漏れた。手からは短刀が滑り落ちる。男の瞳は変わらず輝を捉え続けている。
更に近づく男の顔。輝はそっと目を閉じ、男の口づけを受け入れた。
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