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出逢い編その3

 ほんの数秒、互いの唇の感触を確認できた頃、エイトは輝から離れた。 「鉄臭い、煙臭い。最悪だ」  輝は顔を顰めた。言われて初めて気づいたようにエイトは自分の袖を鼻に近づけ、臭いを嗅ぐ。 「そうでしょうかね?」 「お前もうその鼻麻痺してるだろう」 「そうかもしれない」 「いいから離れてくれ」  輝に言われ、エイトは数歩離れる。しかしその瞳は油断無く輝を捉えたままだ。ここで逃げられては堪らない、一瞬の隙も見逃すまいと輝を見ている。 「ッ、それで? お前の目的は? この先僕をどうする気でいるんだ?」  獣のような眼で見つめられ、若干怯みながらも輝は冷静にエイトに問うた。 「私はとある依頼人にこの家の主人、周藤淳士と妻の晴子の暗殺を依頼された。その他の屋敷の人間の生死は問わないとの事だ」 「使用人達まで殺したのは口封じの為か」 「確かにそうですがそれだけではない。大勢の血が飛び散る方がより楽しいだろう?」  「狂ってる」青ざめた顔でそう呟いた輝とは逆に、エイトは心底楽しそうに口角を上げ、ニィ……と嗤う。 「けれど貴方だけは殺せない。綺麗なまま私のモノにしたい」 「僕を何処かへ連れ去る気か?」 「連れ去られたいのですか。どうせこの屋敷は貴方と私しか居ないのだから此処で良いかと思ったのですが」 「じゃあこの家を綺麗に片付けろ。血塗れな家具と死体だらけの家は嫌だ」  この場で抱いてしまうのが一番愉しいと言うのに、と思いながらエイトは死体が散らばった血塗れの部屋を見渡した。愉しいのは愉しいが、きっと輝の服や肌は他人の血で汚れるだろう。輝を汚すのは彼自身の体液、そしてエイトの白濁のみでいい。それ以外はただの汚物だ。 「そうだな……それで? 私の所有物になる事は了承したと捉えていいんだな?」 「そんな訳あるか、ど変態野郎。『僕が』お前を雇ってやるんだ」  その言葉に、エイトは「ん?」と首を傾げた。 「あなたのご両親もお世話係も殺した私を?」 「死ぬまでこき使ってやるつもりだ。嫌なら出ていけ」 「何故?」 「お前が僕に与えた選択肢は2つ、ならば僕もお前に2つ提示しただけだ」  輝はエイトから距離を取るべくソファーの肘掛けにもたれ掛かり、指を2本突きつけた。 「なるほど。私はここであなたの世話をするか出ていくかを選ぶ。ならばあなたは?」 「お前を受け入れて生き延びるか、お前を拒絶して死ぬか」 「それで、私を受け入れるという選択をした訳か」  輝は小さく頷いた。生かされる価値がありそうなうちに何とか対等になりたい。このままではエイトの気持ちが変わればあっという間に絶命する。震えそうになるのを堪えながら輝は慎重に、けれども強気に話を続けた。 「お前が僕を好きにしたいと言うならば僕が今までと同じ生活をする為の世話をしろ。もしくは僕を諦めて出ていけ」 「私が出ていくのならば、当然最後の目撃者であるあなたに死んでもらうが?」  エイトは輝に近付き、その喉元にペン先を突き付けた。刃物や針といった凶器ではないのに、ちょっと力が入れば喉に穴が開くかもしれないという錯覚に陥る。冷や汗が輝の背中を伝った。せめて対等でありたいという輝の願いは虚しく、完全に主導権も輝の命もエイトが握っている。 「……まあ良いでしょう。いや、寧ろ面白いかもな」  エイトがペン先を突き付けた手をスッと下ろすと、輝はホッと安堵の息を吐いた。 「では、宜しくお願いします。ご主人様?」  エイトは態とらしく片膝を付き、輝の手の甲にそっと口付ける。そして挑発するように輝を見上げた。 ――嗚呼、早くその身体を暴いてしまいたい―― ――こいつと対等に共存出来れば、僕は『家』から開放されて自由になれる――  

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