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あなたが好きだと言ってるじゃない〜転〜5

* あれから数日。 部長はあの日のことは何も言わず、何も訊かず、普通の『上司』に徹していた。 資料室での逢瀬(おうせ)もなくなっていた。 やっぱり部長はボクと原くんが付き合っていると、勘違いしたのだろう。 だから、もうボクを抱いてはくれない。 ボクは部長に抱かれたいのに・・・。 部長に抱かれている間は、自分で処理することはなかったのに、今は部長を想いながら、一人ベットの中で処理をした。 空しくて、淋しくて、泣いてばかりいた。 そんなことになってしまい、部長との距離が縮まらないまま、研修期間はあと一週間となってしまった。 一週間経ったら、ボクは別の科に行かないといけない。 部長と、離れなくちゃいけない。 そんなの嫌だ。 このまま『何もなかった』ことになるのは、嫌だ。 まだ、何も伝えていない。 何も伝えていない。 だから、部長にちゃんと告白しようと、誤解を解こうと覚悟を決めた。 もし、男なのに気持ち悪いって、拒絶されたら諦める。 当たって砕けるほうがマシだ。 何もしないで後悔するほうが、バカだ。 そう、覚悟を決めた。 そしてボクは、部長にお世話になったお礼という名目を引っさげて、美影ちゃんに協力して貰ってプレゼントを買った。 高価な物は買えないから、タイピンとハンカチにした。 ラッピングしてもらって小さな紙袋に入れてもらい、帰り際に渡そうと病院に持って来ていた。 今日は台風が近づいて来ているので、朝から風といつ降るかわからない雨のため、定時で帰る人が多かった。 「あれ?部長まだ帰んないんですか?」 主任が帰る気配のない部長に問いかけた。 ボクは自分の荷物を片付けながら、話しを聞いていた。 「ああ、今度の手術のことで、調べておきたいことがあってな」 「そうですか・・・」 「みんなは帰っていいぞ。電車止まるかもしれないからな」 部長は近くのマンションに住み、車で通勤しているから電車が止まってもなんともない。 みんなそれぞれの手段で通っているので、電車組はそそくさと引き上げていった。 部長が一人になりたそうだったので、ボクも医局を後にした。 でも、今日部長に告白したかった。 せっかく覚悟を決めて来たのに、台風ごときでその覚悟を覆(くつがえ)されたくない。 仕方なく、ボクは病院の裏手にある、職員用駐車場の出入り口に移動した。 雨も凌(しの)げるし、部長を捕まえることもできる。 ドアの向こうでは、風に木々が煽(あお)られて、せっかくついた葉っぱが散っていた。 雨足が少しずつ強くなっている。 まだ台風が遠いせいか、そこまでの強風ではないが、傘だけだと結構濡れそうだ。 傘しか持ってきてない・・・どうしよう・・・。 部長まだかな・・・今何時かな・・・。 そんなことを考えながら、部長を待っていた。 駐車場へ向かう他の医師に、不審気な顔でじろじろ見られても、めげずに待ち続けた。 一時間ほど経ち、日も落ちて外が真っ暗になった頃、廊下の角を曲がって部長が姿を現した。 部長は、ボクの顔を見ると一瞬びっくりした顔をして、 「・・薫・・・」 と呟いた。

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