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act.08 ”Truth and test”

 ホテルの中にある会議室。窓からホテルのロータリーを見下ろすことが出来るその部屋は、十名ほどが入れる広さだ。大きな楕円型の机が中央に配置され、周りを椅子が取り囲んでいる。  その部屋には、辰巳とフレデリックの二人しかいなかった。今は、まだ。  フレデリック宛に外線が入ったのは、昨夜の事である。携帯ではなく、わざわざホテルに電話を掛けてきたところをみると、下手をしたらキナ臭い顔合わせになりそうな予感がするフレデリックだ。  この数日、チェックアウトする客はいても、新しく客がチェックインしている様子はない。ご丁寧に人払いまでして、アンダーボスは何を考えているのやら。と、フレデリックが思うのももっともだった。  この顔合わせに誰が来るのか、どの程度の人数でお出ましになるのか、フレデリックは知らされていなかった。ただ、この会議室を指定されただけである。  そう大所帯で押しかけてくる事はないと思いたいところだが、人払いをしている以上予想がつかない。フレデリックは困ったように溜め息を吐いて辰巳を振り返った。  適当な場所に腰掛けた辰巳に緊張は見られない。元より、妙に肝の座ったところのある辰巳である。相手がマフィアだろうと変に狼狽えるような男でない事は、既にクリストファーで実証されていた。  フレデリックが窓辺に立ってロータリーを見下ろしていると、敷地に入ってくる車列を視線が捉える。その中に一台の白い高級車が見えて、フレデリックは少しだけ眉をあげて呟いた。 「意外だなぁ…」 「あん?」 「ん。なんでもないよ、辰巳。どうやら到着したらしい」  辰巳は、ゆっくりと椅子から腰を上げた。フレデリックと共にドアの前に立つ。  さほど待つことなく、ドアをノックする音が響いた。返事をしたのはフレデリックだ。  会議室のドアの前に立っていたのは、三人の男だった。そのうちの一人を見て、辰巳がおや…と眉をあげる。先頭に立っていたのは、クリストファーだった。  クリストファーの後ろには、落ち着いた茶系のスーツを纏った男が立っている。その後ろに、ダークスーツの大柄な男が控えるようにして立っていた。  辰巳を見てにやりと愉し気に笑いながらクリストファーが奥へと入ると、茶系の男が会議室に足を踏み入れた。後ろで、大男がドアを閉める。  茶系のスーツを纏った男が、辰巳の目の前で立ち止まる。身長はそう高くない。百七十センチくらいだろうか。シルバーグレイの髪の男は、その黒い瞳で辰巳を見上げた。 『英語は、理解できると聞いているが』  唐突に口を開いた男に辰巳が少しだけ、と答えれば、柔らかく微笑んだ男は名乗った。 『アドルフだ。辰巳一意』  どうやら辰巳のために英語で話してくれるらしい。とはいっても、そう得意でもないのだが。 『どうも』  アドルフと名乗った男が差し出した手を辰巳が軽く握る。手を離すと、アドルフは隣に立つフレデリックへと視線を移した。  フレデリックが、膝を折る。アドルフの差し出した手を握って額へつけるその姿に、辰巳は驚いたように目を見開いた。まさかそんな挨拶をするとは思ってもいなかった辰巳である。 『堅苦しい挨拶はやめないか、フレッド』 『お気に召しませんでしたか? 父上。それとも、ボスとお呼びした方がいいのかな…。まさか貴方がおいでになるとは思いませんでしたよ。てっきりアンダーボスがお見えになるものだと思っていました』 『たまには、お前の顔を見たくなる』  英語で交わされる会話に、辰巳が再び目を見開く。フレデリックは、今何と言ったのか。日本のヤクザであれば、親父と呼ぶのも納得できるが、まさかフランスのマフィアがボスを親父と呼ぶ事はないだろうと、そう思う。  既に立ち上がっているフレデリックを辰巳が見れば、微笑みが返ってきた。  ―――マジかよ…。  思わず、額に手を遣って項垂れたくなってしまう辰巳である。クリストファーをちらりと見遣れば、笑いを噛み殺していた。これで、決まりだろう。まさかフレデリックの父親がマフィアのボスだとは思ってもいなかった。  驚きを隠せない辰巳をじっと見つめているアドルフに、フレデリックが困ったように肩を竦めて口を開いた。 『いい加減、椅子を勧めてはくれませんか? 父上。貴方が動かない限り、僕たちも動けない』 『ああ、そうだった。つい見入ってしまったようだ』  マフィアのボスと言っても、アドルフは随分と温厚そうな男である。まあ、常時殺気立ってるような人間は、人の上に立つ事など出来はしないだろうが。  アドルフが上座に腰を下ろすと、フレデリックは向かい合う席を辰巳に勧めた。辰巳とフレデリックが腰を下ろしても、クリストファーと大男は立ったままだった。  クリストファーが辰巳のすぐ横に立つ。大男は、アドルフの背後に控えたままだ。  辰巳がクリストファーを見上げれば、口角を上げて片目を瞑られた。お目付け役という事らしい。 『報告には聞いていたが、随分と良い目をしている男だ。辰巳』 『そりゃどうも』  辰巳がそう答えれば、アドルフの後ろに佇む大男の眉がぴくりと上がった。どうやら、ボスに対する口の利き方が気に入らないようだ。  犬。と、辰巳はそう思った。それもとびっきりの忠犬と言ったところだろうか。辰巳の家の若い衆などとは比べるべくもない忠誠心の持ち主である事だけは確かだろう。そう思えば、苦笑が漏れる。 「おいフレッド」 「うん?」 「口の利き方が悪いって理由で、殺される可能性は?」  日本語で問いかける辰巳に反応したのは、フレデリックではなくクリストファーだった。 「口の利き方もさることながら、出来るなら日本語は使わない方がいい。それくらいは、分かるだろう? 俺に通訳をさせるなよ、辰巳」  そうクリストファーは日本語で辰巳に告げて、フランス語でアドルフに話しかけた。クリストファーの言葉を静かに聞いていたアドルフが困ったように笑う。 『英語が得意ではないキミにそこまで求めるつもりはない。但し、私の犬が噛みつく可能性は、否定しない』 『なるほど。面倒くせぇって事だけは理解した』  辰巳の言葉に、フレデリックがクスリと笑う。英語になろうが、辰巳の言う事は変わらない。例えそれが、マフィアのボスに対してであったとしても。  可笑しそうに笑うフレデリックに、口を開いたのはアドルフではなく大男だった。 『控えろ。ボスに対する無礼は許さない』 『うん? 僕に言っているのかな?』 『お前達に言っている』 『駄犬が噛みつきたいというのなら僕たちはいつでも歓迎するよ。父上の飼い犬が減るのは可哀相だけれど、そんな事で悲しむような人じゃない』  一瞬にして空気が張り詰める。フレデリックと大男が睨み合うのを、アドルフは止める気配もない。  呆れたように溜め息を吐いたのは、辰巳だった。 『勘弁してくれよ。マフィアのボスに喧嘩売るためにわざわざ日本から来る訳がねぇだろう。遣り合いてぇなら外でやってくれ。フレッド、お前もだ。面倒に巻き込むんじゃねぇ』  そうでなくとも、辰巳は英語で喋らなければならない事が苦痛である。クリストファーに通訳を任せてしまうのも可能だろうが、アドルフが英語で話している以上、合わせるのが筋だろうと辰巳は思っていた。 『フレッドが興味を持つ男か。なるほど、確かに面白い』 『興味じゃありませんよ。僕は辰巳を愛している。貴方が母上を愛するのと同じようにね。そうでなければ、僕はここに辰巳を連れては来ない』  フレデリックは、真っ直ぐアドルフの目を見て言った。興味などと言われるのは心外である。 『離脱は許されない』 『しませんよ。僕は僕のままだ』 『私には、随分とお前が大人しくなったように見えるが』  アドルフが、ちらりとクリストファーに視線を投げる。その意味を、フレデリックはもちろん辰巳も理解した。確かに、以前に比べればフレデリックは大人しくなっている。  親子の間で交わされる遣り取りを、辰巳は黙って聞いていた。いくら恋人だろうと他人が口を挟む問題ではない。そうでなくともフレデリックは辰巳などより先の事を考える事に長けている。 『父上が狂犬をお好みとは知らなかったな。僕は、貴方の道具ですよ。それは昔も今も変わらない。それ以外の場所で僕が何をしようと貴方は興味がない筈だ。貴方が命じるのなら、今すぐにでもそこの犬を僕は処分できる。それは相手がクリスでも変わらない。証明しろと貴方が仰るのであれば、証明するまでの事ですよ』  フレデリックの言葉に淀みはない。微笑んだままアドルフにどうします? と、そう問いかけるフレデリックの目は、笑ってなどいなかった。  ぞくりと、辰巳の背筋に悪寒が走る。目など見なくとも、フレデリックの殺気は、辰巳も知っていた。息が詰まりそうなほどの空気に、辰巳は飲まれないようにするだけで精一杯である。  動いたのは、大男だった。ゆっくりと腰の後ろに手を回すそのさまに、フレデリックが笑い声を弾けさせた。 『父上は当然として、クリスも、辰巳でさえも飲まれはしないっていうのに、駄犬にも程があるね。図体だけの木偶の坊が、許さないなどよくも偉そうにほざけたものだ』  そもそも本気で人を殺そうと思うのなら、フレデリックは殺気などたてはしない。それすらも理解できないのかと、フレデリックは大男を蔑んだ。その口調には、一切の容赦がない。  アドルフが、静かに口を開く。 『辰巳一意。キミは、息子がこういう性格だと理解しているのかな?』 『当然だろう』 『では、人を殺めた経験は?』 『ねぇよ』  辰巳がそうあっさりと答えると、アドルフは小さく首を振ってみせた。どうにもその姿が癪に障る辰巳である。 『住む世界が違っていると知っていて、キミは息子と一緒に居るというのか』 『父上。それは…』  開きかけたフレデリックの唇に、辰巳の武骨な指先が触れた。喋るなと、そう言われて静かに口を閉じる。 『人を殺すって事がそんなに重要な事か? だったら銃でも何でも貸せよ。それとも素手ゴロが好みか? フレッドの代わりに俺がそこのおっさん殺しゃ文句はねぇだろう。それで満足できる程度の欲求なら、いくらでも満たしてやんぜ?』  せせら笑う辰巳に、フレデリックが肩を竦めた。本気かどうかなど、聞く必要もない事はフレデリックが一番よく知っている。辰巳は本音しか言わない。特に、フレデリックの事に関しては。  アドルフがクリストファーにちらりと目配せをするのが見えた。小さく口笛を吹いたクリストファーが、辰巳の前に鉄の塊を置く。 『ボスが、お前に貸せとさ』 『さすが日本とは大違いだ。こんなモンがすぐに出てくるあたりがおっかねえったらありゃしねぇな』 『ははっ、夢に出るのがあんなおっさんでご愁傷様だ』 『悪ぃが夢に見る程、俺は繊細に出来ちゃいねぇよ』  そう言って辰巳は置かれたオートマチックを手に取るとマガジンを確認した。セーフティを解除して無造作にスライドを引く。  辰巳が立ち上がると同時に、大男が銃を抜いた。その腕を辰巳はあっさりと撃ち抜いた。構える素振りすらない。  破壊的な破裂音と共に大男が蹲り、重そうな音を立てて鉄の塊が床を滑る。クリストファーの口笛と、フレデリックの舌打ちが同時に聞こえた。  腕を押さえて蹲る大男の元へとゆっくりと歩み寄る辰巳の後を、フレデリックが追う。机の反対側をクリストファーが移動した。  大男の額に照準を合わせ、引き鉄を引こうとしたその時だった。小さな金属音が耳のすぐ横で聞こえて、辰巳がゆっくりとそちらを見る。  予想通りの物が目の前にあって、辰巳は口許を歪ませた。 『アドルフ。アンタはいったい俺に何を望んでやがる?』 『父上。銃を下ろしてくれませんか』  銃口を突き付けるアドルフに、辰巳が静かに問いかける。同時に、フレデリックが口を開いた。その手に握られたオートマチックが向いている先は父親だ。アドルフの視線が僅かに逸れる。  辰巳はその身を沈ませた。銃口の前から身を逸らせると同時に、オートマチックを腰に差し込んでアドルフの腕を蹴り上げる。  反動でアドルフの指が引き鉄を引いた。撃ち抜かれた窓ガラスが砕け散って、破片がキラキラと宙を舞う。  蹴り上げても銃を放さないアドルフに驚きつつ、辰巳は背後から銃ごとその腕を取った。掴みかかる大男の脚を、アドルフの腕ごと動かして撃ち抜く。大男が悲鳴を上げて蹲った。  辰巳の腕の中で、アドルフが小さな舌打ちを響かせるのが聞こえる。構うことなく辰巳はアドルフの躰をクリストファーの方へと向けた。背後から撃たれるなど御免だ。  案の定すぐ後ろにいるクリストファーに辰巳は冷や汗を流す。殺気が、本物だった。  フレデリックが机に飛び乗り、そのまま乗り越える。アドルフを抱える辰巳と間合いをはかるクリストファーに、上から躰ごと突っ込んだ。  さすがによろめいたクリストファーが態勢を立て直すよりも早く、フレデリックが辰巳との間に躰を割り込ませた。辰巳がアドルフを押さえている今、フレデリックの銃口はクリストファーに向けられている。  さすがに、いくら体術が得意なクリストファーでも銃を持ったフレデリックに挑む気にはなれない。だが、それでもクリストファーの手にはリボルバーが握られていた。  完全な膠着状態。その中で、口を開いたのは辰巳である。 『悪ぃんだけどよアドルフ。俺にはアンタが何をしてえのか理解出来ねぇ。めんどくせぇ事は抜きにしねぇか? 俺とフレッドの事を今後もとやかく言うってんなら、俺はこの場でアンタを殺す。フレッドがファミリーを継いで、それで終いだ。それか、アンタが大人しく今まで通りフレッドを大事な息子として扱うってんなら、この手は放してやるよ。どうする?』 『私が裏切らないという保証もないのに、お前はその手を放せるのか?』 『おいおい勘弁してくれよ。マフィアのボスってのは、てめぇの醜態晒すのも平気だってのか? それじゃあ下の連中が可哀相だろう』  辰巳は面白そうに喉の奥で嗤う。 『なんなら、今ここで起きたことを隠してやってもいいんだぜ? そこの犬と、クリスを処分すりゃそれで終いだ。フレッドの親父は俺の親父も同然だからな、それくらいの事はしてやってもいい。さあどうする?』 『……今後、お前たちの事には口を出さないと誓おう』 『そりゃあ良かった。そういう事らしいぜクリス。フレッドに向けてるもん降ろせや。お前が降ろさなきゃ、俺もアドルフを放してやれねぇからよ』  クリストファーは、あっさりとその銃口を降ろした。さっさとホルダーに戻して肩を竦める。 『おい辰巳、今の言葉はしっかり覚えておくからな』 『はぁん? ボスが優しくて良かったじゃねぇかクリス。悪運が強ぇなお前は』 『まったくだ。フレッドに狙われて二度も命拾いするとは思わなかった』  小さく首を振りながら言うクリストファーに、フレデリックがクスリと笑う。 『残念だねクリス。僕は、辰巳に止められてない』 『おいおい。嫁は大人しく旦那の言う事を聞いておくものだぜフレッド』 『ははっ、クリスの言う通りだな。フレッド、ダチ揶揄うのも程々にしておけよ』  手荒な真似をして済まなかったとそう一言告げて、銃を預かったまま辰巳はアドルフを解放した。床に転がった鉄の塊を拾い上げる。  二つの鉄の塊を無造作に机の上に置いた辰巳は、どかりと椅子に腰を下ろした。ちらりと大男を横目で見遣る。 「医者、呼ばなくていいのかよ?」 『辰巳はどこまで優しいんだい? そんな無能な犬に医者など呼ぶ必要はないよ』 『まったくだな。銃を持っててそのザマじゃ、どうせ長生きなど出来やしない。放っておけ』  わざとらしく大男にも理解できるように英語で返すフレデリックとクリストファーの台詞に、辰巳は呆れたような顔をして首を振った。 「ったく、マフィアってヤツはどいつもこいつもおっかねぇな」  大男の脚と腕を撃ち抜いた張本人の言葉に、フレデリックとクリストファーが顔を見合わせる。 「おい辰巳。お前にだけは言われたくないぞ」 「あぁん? 俺が何したっつうんだよ」 「無駄だよクリス。辰巳は、自分のした事をわかっていないからね」  辰巳にとっては、フレデリックとの仲が認められればそれでいいのである。それを成し得た今、自分がマフィアのボスを脅したなどと言う事実は記憶の彼方にすっ飛んでいた。  それよりもむしろ、辰巳の意識はフレデリックである。父親がボスだなどと聞いた覚えはない。 「それよりもお前、なんで親父がボスだって黙ってやがった」 「辰巳を驚かせたかったから…ってのは、どうかな?」 「引っ叩かれてぇのかお前は」  そう言って辰巳は煙草を取り出すと火を点けた。クリストファーが、灰皿を滑らせる。  深く吸い込んだ紫煙を吐き出し、辰巳はアドルフを見遣った。 『アドルフ。俺はただのヤクザで、アンタたちみてぇに肝が座っちゃいねえよ。だが、フレッドのためだったら躰張ってやることは出来る。それじゃ駄目かよ?』 『私は、息子が選んだ男に間違いはないと、そう思っている』 『ははっ、そりゃあいいな。ちっとばかし刺激の強ぇテストも悪くはねぇよ。だが、アンタの息子はどうも俺以外にゃ冷てぇみてえだからよ、医者呼んでやってくんねぇか? 飼い犬の面倒見んのは飼い主の務めだろ』  アドルフは、クリストファーに視線を遣った。クリストファーが携帯を取り出すのを見届けて、辰巳は旨そうに煙草を吹かす。  大男は随分と出血しているようだが、今ならばまだ命には関わらないだろうという気がする辰巳である。ただの勘だが。  不意に割れた窓が目に入って、辰巳はフレデリックを見た。ホテルのスタッフが慌てて飛んでくる様子もないところをみると、大元がフレデリックの家と関係しているのだろうと大方の予想はついている。 「銃声、聞かれてっけど大丈夫なのかよ?」 「このホテルに今、一般の客はいないからね」 「あー…、そうだな。心配した俺が馬鹿だったわ…」  日本のヤクザなどとは規模が違う。その現実に未だ辰巳は慣れることが出来ない。というより、辰巳は一生慣れる事などないのかも知れなかった。とんだ顔合わせになってしまったものだと、そう思わずにはいられない。  アドルフは、数日同じホテルに滞在するのだという。その間に食事をしようと誘われて、辰巳はそれを了承した。  会議室のドアを開けた瞬間、数人のダークスーツの男たちが廊下に立っているのを見て、辰巳が思わず肝を冷やした事は言うまでもない。子供が子供なら、親も親だと、内心でそう思う。本当に、心臓に悪い親子である。  その夜、辰巳はクリストファーに言った通り、悪夢にうなされる事もなくぐっすりと眠った。その胸の上には、しっかりと金色の頭が乗っている。  何があろうとも、辰巳とフレデリックはこうして一緒に眠れるだけで幸せだった。

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